曖昧なぼくたち【800字超えSSシリーズ②】

 いつも利用する駅の、ほど近くにあるカフェテラス。ぼくはその店のテラス席に座って、注文したコーヒーを飲みながら‬道行く人々を眺めていた。
 ぼくはいま、恋人と待ち合わせしている。その人とは一緒に住んでいるけれど、大学が別だから、たまの外食で待ち合わせする時、こんな風に待ったり、待ってもらったりするのだった。
 コーヒーを傍らに置き、持参しているノートパソコンを開いて、30分ほど課題のレポート作成の続きをしていると。
「光子郎! 待たせたな」
「いえ、そんなに待っていませんよ。太一さん」
 ぼくの待ち人で恋人であるーー太一さんはやってきた。
 学生でお互いにアルバイトをしているとはいえ、普段は買い食いをあまりせず、堅実にやっている。けれど今日は、「たまには行ってみません?」と、ぼくから彼を誘ったんだ。‬
「光子郎は何を頼んだんだ?」
 ぼくの向かい側の席に座りながら、太一さんは聞いてきた。
「ホットサンドとコーヒーを。サラダとスープはランチタイムのサービスです」
「へえ、美味そうだな。オレも頼んでくるよ」
 ぼくに笑顔を向けると太一さんは、颯爽と注文口へと向かっていった。
 その姿を見てぼくは思った。
 ああ、眩しいな、と。

     *

 ぼくと太一さんは、恋人だからと言って、それらしくまぐわうこともなく、ただそばに、一緒にいて、生活を共にしている。
 ぼくが望み、彼がそれを受け入れてくれたからこそ成り立つこの関係も、かれこれ2年半続いている。
 本来なら、こんな曖昧な関係のまま、縛ってはいけない人だとは思っている。それなのに‬ーー
 ついうっかり、いつもの癖で物思いに耽っていると。
「どうした? 何かあったのか?」
 注文した品をトレイに乗せて戻ってきた太一さんが、ぼくの顔を覗き込んで、心配そうにしている。
「あ、いや……」
 いつもの癖で曖昧にやり過ごそうとしたぼくだったけれど。
「黙ってたんじゃ分からねーよ」
 太一さんにたたみ込まれ、少しの間項垂れたぼくは、意を決してこんなことを聞いた。
「太一さんは、ぼくといて楽しいですか?」
「楽しいも何も。オレは光子郎といたいから一緒にいる。それじゃダメなのか」
 ぼくの抱えるモヤモヤを一瞬にして吹き飛ばす、あまりにシンプルな理由に、ぼくは衝撃を受ける。
「いえ……ぼくが欲張り過ぎるのかと、そう、思ってしまったんです」
 かつて、憧れ続けた太陽と、いまこうして、共にいられるだけでも僥倖だというのに。それ以上を望んでしまってもいいのだろうかーー
 そんなぼくに太一さんは、
「欲張りだっていいだろ?」と言った。
「卒論や、デジタルワールドやデジモンの研究に没頭するみたいにさ、オレにももっと、欲を出してくれたって良いんだぞ?」
「……っ、良いんですか」
「当たり前だろ、それと」
 不意に言葉を切った太一さんを、ぼくはまじまじと見つめた。
‪「頭いいくせに、オレを求めるくせに、そういうとこポンコツだよな、光子郎は」‬
‪「あなたにだけは言われたくないです」‬
 ムッとしたぼくは、太一さんに目線をぶつける。‬それも束の間、顔を見合わせたぼくたちはふふ、と笑った。‬
‪ ぼくたちは恋だとか愛だとか、そういう類の関係には当てはまらない、曖昧な関係なのだけど。
‪「さ、帰ってコーヒー飲み直すぞ。店のもいいけど、おまえが淹れてくれるやつが美味いや」
 ホットサンドやサラダを綺麗に平らげた太一さんは、3杯目のホットコーヒーを飲み干すとそう言った。
‪「ぼくは太一さんに淹れてもらうほうが好きなんですけど‬」
「まあ、そう言うなよ」
 軽口を叩きながら、ぼくたちは席を立ち、食器を返却棚へ返すと、揃って店の外に出て家路についた。
 人通りが少なくなった時に、太一さんが
「手、繋ぎたいんだったら繋いでいいぞ」
と言った。一瞬、目を丸くしてしまったけれど、少しだけ大きい彼の手を、上から握り返した。
‪ 心が通じ合っているぼくたちは、‬時に喧嘩をすることがあっても、これからもきっと、上手くやれる。‬ぼくはそう、確信したのだった。

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