応答する方へ往け【800字超えSSシリーズ④】

 ‪気が付けば、オレはひとりぼっちだった。‬

 

 

 

 

 

 かつて、大きな研究所であった建物にある、古びた巨大なコンピュータ端末の前にオレは座ると、キーボードを叩く。この星の調査結果を引き出そうとしていたのだ。
 そして、端末の液晶画面に映し出されるのは、エラーを示すメッセージだった。
(やっぱり……ダメか)
 その結果を見て、オレは大きなため息を吐いた。
 だけど、オレにはまだやるべき事が残されている。メッセージの発信だ。
 オレは気を取り直して端末に向き直り、キーボードを再び叩き始めた。
 この星の、いや、この宇宙の何処かにいるかもしれない、誰かへ向かったメッセージを送るために。

     *

 いつものように、いくつかメッセージを送信したオレは、遅めの昼食を取る。
「むぐむぐ……うん、美味い!」
 オレが食べているのは、採れたてのレタスを使ったサンドイッチ。後述する施設を使ってレタスを作り、食パンも小麦から生産し、パンとして食べられるところまで、オレが自分で作ったものだ。
 穀物……特に大豆を作れさえすれば、肉もどきを作れるし、日本人として食べたくなる味噌汁や味噌ラーメン、醤油を使った料理に使える調味料も作れるのだ。
(パンも下ごしらえが必要とはいえ、自動で作れるのはありがたいし……もしかして米や麺類も作れるのかな)
 オレはもぐもぐと口を動かしながら、久しく食べていない食べ物に思いを巡らせ、送ったメッセージの応答を待ち続ける。
 しかし、いくら待てどもーー反応が返ってくることはなかった。だが、これもいつものことと、オレは気持ちを切り替える。
‪(だけどーーあれから、200年が過ぎていたなんてな)‬
 200年前ーー
 滅亡の危機に瀕した世界のため。周りの人々の期待に応えるため、コールドスリープによるタイムスリップーー未来への賭けに、オレは率先して名乗りを上げた。ところが。
 コールドスリープしている間に、オレが生きていた時代の、かつての文明は滅び、それどころか、オレ以外、人っ子一人存在しない星になってしまったようだ。
 コールドスリープから目覚めたオレはその事実に愕然としながらも、生きるための食糧や水を確保するために奔走した。
 水は研究施設内に循環浄水システムがあって、それを起動させてみると、奇跡的に動いて、水質的にも全く問題ないものが精製出来たんだ。ちなみに、200年ぶりに飲んだ水の味は……死ぬほど美味かった。
 一方、食糧のほうも……それを生産するプラントが残っていたから、恐る恐る稼働させてみた。すると、かろうじで作動し、オレひとりが生きていく分には十分過ぎるほどの作物を得た。‬長く使っていくためには、メンテナンスも必要だと、そのあたりは現在勉強中だ。
「これでしばらく、いや、オレひとりだけだから何年間かは大丈夫そうだな……」
 食糧類を確保したオレは‬安堵した。
 何事も身体が資本。辺りを探索するにも、メッセージを送り続けるにも、腹が減っては何も出来ないのである。

 さて、明くる日もオレはメッセージを送り、廃墟と化した街中を探索し、研究所に残された資料を読み漁る。
 そんな日々を繰り返すうちに、段々虚しい気持ちに苛まれた。
 生きるのを決して、諦めたわけじゃない。だけど独りは孤独だ。‬
 この星やこの宇宙の何処かに、本当にオレのメッセージを読んでくれる存在は、残っているのだろうか。いてくれるのだろうかーー
 そんなことを考えているうちに、オレはいつの間にか眠りに落ちていた。

 くる日も来る日も、オレは探索を、調査をし続ける。今日は、少し離れた場所にある南の塔まで行ってみたが、案の定、誰もいなかった。‬
 そんなことを続けていたある日のこと。オレの送ったメッセージに、遂に応答があった‬。
 オレは慌てて端末の画面を見ると、応答文には『ヒロバニテ、アナタヲ、マツ』と書かれていた。
 オレが恐る恐る、待ち合わせ場所の広場に接近すると、古びたゴーレムのような機械がそこに佇んでいた。
 そいつに向かって、オレは声をかけた。
「おまえが……光子郎?」
 オレのほうを見たゴーレムは、機械的に返事をした。
『はい、そうです。八神太一さん。あなたのメッセージ、確かに受信しました』
 光子郎と名乗った自律型ゴーレムは、酷く業務的に、淡々と話した。
『ぼくはこの星の唯一の管理人です。かつて、この星のある研究所の職員として働いていましたが、興味にそそられて、自らゴーレムになることを決断しました。それからは、この体で生き長らえていました。ぼくは知りたがりで……何でも自分で答えを見つけなければ気が済まないのです。ですから、この星の200年間のこともよく存じていますが……まさか生存者がいるとは。どういうカラクリなんでしょうか?』
 光子郎は、声色も読み取れない表情もそのままに、首を傾げた。
 オレは光子郎にこれまでの経緯と、この200年の間の出来事について訊こうとした。ところが。
『まあ、でも。あなたの存在は、ぼくの管理上、イレギュラーなので……ここで排除させていただきます』
 光子郎のゴーレム体から、何やら暗器やナイフのようなもの、小型の砲台がオレに向かって差し向けられた。
 その様子にオレは、激しく慌てた。
「ちょ、ちょっと待て! 少しだけ、少しだけでいいから話を、話をさせてくれ!」
 オレは必死に、光子郎の行動を制止した。
 オレは生身の人間で、しかも200年前に流行っていたーー肉体改造の類を一切受けなかった希少な人類だったのだ。
 先程、このゴーレムは「研究が好きだ」と言っていた。「知りたがりで、何でも調べないと気が済まない」とも。だったらーー
 次の瞬間、オレは生存戦略のため、このゴーレム・光子郎を説得することにした。
「オレと友達にならないか? いや、友達なんて高望みはしない。知り合いからでもいい。ひとまず、おまえと話がしたい」
 息を上がらせながら言い切ると。光子郎から思いがけない反応が返ってきた。
『……それにより、ぼくに利点が何かあるんですか?』
「ある。大いにある」
 この際ハッタリでもなんでもいい。せっかく生きてるのだから、もう少しだけでもいい、オレは生きていたかった。
「オレはコールドスリープから生還した、この星に生き残った唯一の人間だ。しかも、200年前のヤツらがやっていたような特別な肉体改造も一切していない。つまりだな、オレの身体は実験し放題だぞ?」
 ほんの少し光子郎は、ゴーレムの体をぴくりと動かした。
「おまえは、そんなオレのこと、知りたくないのか?」
 ダメ押しの一言を加えると。光子郎は数分の熟考の後、こんな返事をくれた。
『確かに、あなたのような希有な存在、研究しなきゃ損ですね。……分かりました。交渉に乗ります』
 その言葉を聞いた瞬間。オレの身体から力が抜けた。光子郎が思いの外、話が通じるヤツで良かったと、オレは思わずガッツポーズをしながら「よっしゃ!」と叫んだ。それも束の間、光子郎からとんでもない発言があった。
『ですが、あくまでも、この星を管理しているぼくに、あなたの処遇の決定権があることをお忘れなく。ぼくの下僕の……八神太一さん?』
「は……下僕って。ひっどいな! 光子郎!」
 ……とまあ、酷い体たらくではあったけれども。なんとか交渉は成立し、自律型ゴーレムである光子郎と、経験したことは突飛でも、いたって普通の人間であるオレの、奇妙な関係が始まった。

     *

 光子郎との出会いから十年が経った。光子郎は相変わらず、感情の起伏がない不思議なやつだけど、オレはこの変わった友人と過ごすのが当たり前になっていて、光子郎がオレの住処にやってくるのを楽しみにする様になっていた。
 オレは廃墟の街中を探索している時に発掘した、綺麗なティーカップをふたつ置いて、いつものようにお茶を注ぐ。光子郎が物理的に飲めないのは分かってはいるけれど、だからといって友人を持てなさないのはオレの気持ちが許さない。
 光子郎も最初は遠慮……むしろ拒否に近い反応を示していたけれど、近頃は諦めて受け入れてくれているようだった。
 たわいもない話から、オレはずっと気になっていたことを光子郎に訊いた。
「おまえもさ、いつかは壊れるのか?」
『さあ、どうでしょう。でもぼくは自分の故障は自分で直せますし……特に不便だと思ったことはありません』
 ゴーレムに記憶情報を登録してある光子郎は、この200年の間に3度、体の乗換えをしているらしい。
 空想科学的な……とも思うけれど、そもそもオレもコールドスリープなんぞ経験した人間だから、大差ないかと内心笑った。
「この星の寿命って、あとどれくらいなんだ?」
 オレが訊くと、光子郎は『ざっと20億年くらいでしょうか』と答えた。
『少なくとも、太一さんが普通に生きてる分には問題ありませんよ。……なんなら、あなたをぼくと同じようにゴーレム化して、不死身にすることも出来るんですよ。つまりこの星の寿命が終わる、もしくは体が壊れてしまうまで、理論上は生きていられます、ぼくのようにね』
「オレがゴーレム化、ね……」
 不老不死。そんなお伽話のようなものを、呆気なく成し遂げる技術を、光子郎は持っているという。少しの間、考えを巡らせていたオレは光子郎に一言、
「いや、でも遠慮しとく」と返事をした。
『え……』
 光子郎は当惑した様子だった。そんな様子を見せるのは初めてだったから、オレの興味が惹かれた。
「オレはさ。人間のまま、おまえと一緒にいたい。時間はさ、有限だから大切に出来るんだよ」
 光子郎に向かって、オレは笑いかけた。有限だから、大切に出来る、愛することができるーー
 この奇妙な友人に対してオレは、いつの間にか友人以上の感情を抱くようになっていた。
『でも、そしたら、太一さんは……』
「まあ、いつかは死ぬよな。だけど、まあそれもいつかの話だ。そう易々と死なないから、心配すんなって」
 珍しく弱気な光子郎のゴーレムの背中に向かって、オレはトントンと軽快に手を叩いた。

 それから更に何十年かの時が過ぎた。
 いまのオレは恐らく、80近い年齢になったと思う。何故そんなに曖昧なのかと言うと、途中からそれも無意味だと、数えるのをやめてしまったからだ。
「オレも……そろそろ寿命かもな」
『寿命……』
「最近分かるんだ。そう遠くないうちに、オレは死ぬってことが」
 光子郎に向かって言うと、何か言いたげして『太一さ……』と呼んだ。
「言っとくけど、オレはゴーレムにはならないぞ」
 オレは、この期に及んで光子郎に釘を刺した。光子郎は、物思いに耽ったように黙り込んでしまった。
 数日後。オレの予感したその日が、遂にやってきてしまった。
「息が、苦しい、んだ……」
 朝、起き上がれなくなってしまったオレは、側に光子郎を呼びつけた。
 オレを見て、明らかに狼狽した様子の光子郎は、これまで何十回、何百回と口にしてきたことをオレに言った。
『太一さん、いまなら……ゴーレム化が、間に合います。機体もすぐそばに用意してあります』
「ごめん、光子郎。気持ちは嬉しいよ。だけどーーオレ……人間のまま……死にたいんだ」
 何百回と言い続けた、オレの願いを聞いた光子郎は、何処か呆れたような様子だった。
『あなたは……いつまでもブレないですね』
「当たり前、だろ」
 オレがニッと笑うと、光子郎は『負けました』と、穏やかに呟いた。
『あなたがヒトのまま逝ってしまうのなら、あなたを看取った後、ぼくはこの星とともに消えますよ』
 幾年経っても、いつものように、感情があるのかないのか分からない声で光子郎は言った。それは、この星をも巻き込んで自爆することを決意した言葉だった。
「なあ……光子郎。いつか……また、何処かで……会える、と……いいな。今度は……人間同士で」
『……そう、ですね』
「そし、たらさ、おまえに……キス、してもらえるもんな」
『……はい。いくらでも、してあげたいです』
「おまえの、体温も……感じる、ことが、出来るもんな……」
『そう……で……』
 光子郎は何故か言葉を詰まらせた。一瞬、故障かとも思ったけれど、オレは言い逃すまいと、言葉を続けた。
「最期に、これ……だけは……言って、おきたい。光子郎……あいしてる」
『たい……ちさ……ぼくも……あい、して……』
 光子郎のその様子に、オレは目を丸くした。
「おまえ……泣いて……いるのか?」
 これまで何十年と共にいても、光子郎には大きな感情の変化がなかったのだ。オレが眠りについていた、200年もの間に失われたと思われた感情が、最後の最後で表に出てくるとはーー
 オレの問いかけに返事もしない、愛しいゴーレムにオレはーー
「泣くな、って。おまえに……泣かれ、たら……おれ……安心……して……往け、ない、だろう……?」
 光子郎に向かってそっと微笑むと、オレは静かに目を閉じた。
 オレが最期に聞いたのは、機械であるはずの光子郎の、何処か温かく、懐かしい感情の、零れ落ちる音だった。

     *

 この星の、最後の人間であった彼が逝ってしまった後、自律型ゴーレムは好んで過ごした広場に彼を埋葬した。そして彼の墓の傍らに佇みながら、彼の冥福を静かに祈った。そして数日ののち、自律型ゴーレムのある決心がようやく固まった。
(さようなら、ぼくの[#ruby=世界_たいちさん#]ーー)
 自身に備わっている、自爆装置ーー次元爆弾を起動したゴーレムの周りを激烈な爆風が包みこんだ。
 最後の人間だった彼が使っていた各種プラントや、この星に残されていた資源が、爆風に巻き込まれ、星をも破壊する爆発の勢いを加速させる。
 その莫大なエネルギーにより、その星は呆気なく散り散りになった。星が消えた場所には、彼らの光り輝く思い出も、漆黒の闇も、等しく吸い込む、真っ暗なブラックホールだけが残された。

……この物語はここで終わり。
これは、ある時空の、ある場所の物語ーー

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