「オレが死んでも……後追いは、するなよ」
あの日、光子郎の最愛の人はそう言い残してこの世を去った。
流行り病だった。
あの時、弱り切った彼を安心させるために、分かりましたと、彼の手を握りながら光子郎は頷いた。そして、太一が世を去ってからも、後追いはしないでくれという、彼との約束を違わないよう、それなりに努力はした。しかしーー
幼い頃に両親を亡くし、身寄りもなく、太一以外に親しい友人もいなかった光子郎にとって、太一がいなくなったこの世界での存在理由など、ほんの僅かな程もなかったのだ。
(あなたのいない世界に意味はなくて、そんな世界にぼくは存在したくもないーー)
ある日、決然と死を決意した光子郎は、身の回りの整理を済ませると、少し遠出をし、鋭い崖の上から、海の水面に向かって真っ逆さまにその身を投げた。
*
それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。光子郎がゆっくりと眼を開くと、何処とも知れない空の下に横たわっていた。
身体を起こすと、周りには一面、真っ赤な彼岸花が咲き誇っていた。
(綺麗だな……)
目の前の花をぼんやりと眺めているうちに、光子郎は我に返った。
(もしかしてここは、あの世という場所なのだろうか?)
光子郎が考えに耽っていると、突然自分の名を呼ぶ、愛しくて、懐かしい声が聞こえた。
「光子郎」
声のするほうを見ればそこには、光子郎が愛したーー八神太一、その人が立っていたのだ。
光子郎は立ち上がり、一歩ずつ太一の元へ歩みを進めた。そして、彼に向かって両の手を伸ばそうとした、その瞬間ーー
「なんで……なんで、約束を破ったんだよ!」
光子郎は身体をびくっとさせ、太一のことを見る。
「おれはっ、おれは……光子郎にっ、生きていて……ほしかったのに……」
太一は泣いていた。太一もまた、光子郎と同じように相手のことを愛していて、それが故に、自分がいなくとも光子郎には幸せになって欲しいと思っていたのだ。
太一のその気持ちを、痛いほどよく解っていた光子郎は、それでも死を選んでしまった自分の気持ちを太一にぶつけた。
「ぼくはーーどうしてもあなたのそばで、あなたと共にいたいんです」
太一は、光子郎の言い分を黙って聞いている。
「愛しています」
「……っ!」
「ぼくは……太一さんを愛しています」
光子郎の突然の告白に、太一は思わずたじろいだ。
「あなたのいない世界なんて……ぼくにとっては世界の終わりと同じだから、だからっ……ぼくは……」
光子郎が言葉を詰まらせると、太一が再び光子郎に向かって悲痛な気持ちをぶつけてきた。
「ばか、やろ……だからって、死ぬことなんて、ないだろ……こうしろ……おまえ、ほんと、ばか……」
「太一、さん……」
「おれも……おまえのこと愛してる。だから、生きていて、欲しかったのに……」
光子郎は太一に向かって再び両腕を伸ばし、自分の胸に顔を埋めてくる彼のことをしっかりと抱きしめた。
*
しばらくふたりは、そのまま抱き合っていたが、ふと、光子郎がその腕を緩めた。
「いくら嘆こうと、ぼくもあなたも、死んでしまったんですから。こればかりは仕方がないです」
「そう、だな……そう、だよな」
光子郎のきっぱりとした物言いに、太一は諦めたように笑った。
「本音言うとさ……こっちに来てから独りでいたから、ちょっと心細かったんだ。だから……光子郎に、また会えてうれしい」
光子郎に向けた太一の顔は、泣き笑いの表情だった。
「太一さん。これからは、ずっと、ずっと、あなたのそばにいます。絶対、独りになんてさせませんから」
「……ああ。ありがとう、光子郎」
光子郎は、切なげに笑いかける太一を、二度と離すまいとぎゅっと強く抱きしめた。