2027年春の番外編集 - 9/9

「おばあちゃん、ただいま!」
泉知華と八神勇樹は、国立デジタルワールド研究所付属こども園まで迎えに来た、祖母の元へ駆け寄った。
「おかえりなさい。知華ちゃん、勇樹くん」
ふたりの祖母……泉佳江は、ふたりを優しく出迎えた。
佳江は、このこども園に隣接する、デジタルワールド研究所の研究員・泉光子郎の育ての母親である。光子郎は生まれて間もなく、実の両親を交通事故で喪ってしまった。佳江は、そんな彼を引き取り、夫である政実とともに、実の子同然に大切に育てたのだ。 大病もせずに無事成人し、大学を卒業後、大学院を出た後、日本初の国立デジタルワールド研究所の立ち上げに携わった息子の活躍を、佳江は口には出さずとも、心の中で嬉しく思っていた。
そんな孝行息子の光子郎だが、小学生の頃から懇意にしていた八神太一と、高校生の頃から恋人関係に発展した。大学進学の時に光子郎は、太一と同じ大学に通うことになったため、ルームシェアと同棲を兼ね、京都で太一と一緒に暮らすことになった。
やたらむやみに、他人に心を開いたりしない、光子郎が好きになった相手なら、そう、太一くんだしーー
世間的にはあまり認められない、同性同士の恋愛でも、佳江は相手が太一だからという理由で、あっさりと受け入れた。それは差があれど、政実も同様であった。
太一と光子郎の恋愛関係は就職して、仕事でデジタルワールドに関わるようになってからも続いたが、あるとき、あっけなく終わった。
その日、久々に帰ってきた傷心の息子から話を聞くと、太一から、お互いの今後のために別れよう、とだけ言われた、とのことだった。
光子郎のあまりの傷心ぶりに、ある機会の際、佳江は意を決して、太一に理由を問うた。戸惑いながらも太一が答えた、光子郎と別れを決意した本当の理由。それはーー
光子郎がある時、血の繋がった自分の子供……家族が欲しいと言ったことがあり、それがどうしても忘れられない。別れた今でも光子郎のことは大好きだが、あのまま関係を続けても、大好きな光子郎のことを、自分の勝手な理由で縛り、結果、傷つけるだけだ、と。太一は言葉を選びながらも苦しそうな表情で、そう答えた。
佳江は、太一から聞いた理由を光子郎には話さなかった。いや、正確には話せなかった。太一から聞いて初めて知った、光子郎が心の奥底に隠している望み。それを話してしまったら、彼を混乱させ、かえって傷つけると思ったからだ。
それから、しばらくたった頃。光子郎は研究所に入って間もない、新人女性研究員・櫻井知子と職場恋愛し、結婚した。そしてすぐ、一人娘を授かったのだ。家族三人の幸せな日々。
しかし、そんな日常は、ある日突然終わってしまう。知子が、娘と出かけている途中に交通事故に遭って、搬送先の病院で帰らぬ人となってしまったのだ。そばにいた、大切な娘のことはしっかりと護ってーー
彼女の亡くなった原因が、光子郎の実の両親と同じだったため、佳江は、彼の不幸を自分の事のように悲しみ、心を痛めた。更に追い討ちをかけるように、彼自身にも災難が降りかかってしまったのだがーーそれらを乗り越えたいま、とても平穏だ。
紆余曲折の末、光子郎が再び太一と暮らし始めてから、太一の連れ子の勇樹の面倒も見るようになった。思わぬ形で孫が増えたが、ふたりの可愛い孫の面倒を見ることが、いまの佳江の生きがいのひとつとなっている。

「パパのお仕事が終わるまで、うちで待ちましょうね」
佳江は笑顔で知華と勇樹に諭した。佳江がパパ、と呼んだ人物は知華の父親で勇樹の保護者だ。彼は毎日遅くまで仕事をし、出張も多い。そのため、彼が迎えに来るまで、佳江がふたりを預かっているのだ。
佳江の諭しに対し、知華は佳江の手を引いた。
「ねえ、おばあちゃん。わたし、パパのけんきゅうしつに寄っていきたいです」
「知華ちゃん。パパね、いまはお仕事中じゃないかしら」
「そうだとは思うんですけど……お仕事しているパパの姿がどうしても見たいです」
知華の主張に、佳江は困ってしまった。そこに勇樹が、知華と佳江のどちらに対しても、援護射撃と取れるようなことを言った。
「おばあちゃん、パパに電話して聞いてみてほしい。パパを呼び出すとき、おとうさんはよく、そうしてるよ」
佳江は勇樹がおとうさん、と呼ぶ人物……勇樹の父親の太一のことを思い浮かべた。確かに彼ならやりそうである。
ちなみに太一も、外交官という職種の関係上、多忙を極め、出張も大変多く、「パパ」以上に自宅にいない。しかし太一は子供達を愛し、大切にしているので、知華と勇樹は太一のことが大好きである。もちろん太一はパパのことも愛している。
知華と勇樹にじっと見つめられた佳江は、観念した。
「分かったわ。電話してみるから、待っててね」
「はーい!」
佳江は自分の携帯電話をハンドバッグから取り出し、子供達が「パパ」と呼ぶ人物に電話をかけた。佳江の携帯のコールがひとつ鳴り終わらないうちに、相手は電話に出た。
『お母さん! どうしました?』
佳江の電話の相手……知華の父親で、勇樹の保護者の光子郎は、いささか慌てた様子だった。
「いまね、知華ちゃんと勇樹くんのお迎えに来たのだけど……」
『もしかして、知華か勇樹に何かあったんですか?』
子供たちへの心配から、光子郎は早とちりした。
「いいえ、そうじゃないわ。ふたりがどうしても、あなたの研究室に行きたい、って言うのよ。光子郎、忙しいとは思うけれど、寄っては駄目かしら?」
正しい事情を把握した光子郎は安堵した。
『そういうことだったんですね。分かりました。お母さん、いまいる場所って研究所のエントランスですよね? ぼくが今からそっちに行くので、待っていてください』
そう言って光子郎は電話を切った。
「どうだった……?」
勇樹が緊張気味に佳江に聞くと。
「パパがね、電話で、いまからここに来てくれる、って言っていたわ」
「ほんと!?」
知華と勇樹はパッと顔を輝かせた。
「パパ、早くこないかなあ」
「すぐ来てくれるわよ」
勇樹のつぶやきに、佳江はふっと微笑んだ。
程なくして光子郎は現れた。デジタルワールド研究所の研究員の証である、ややグレー掛かったハイネックで長袖の制服をカッチリと着ている。
「お母さん、待たせてすみません」
「わー! パパだ!」
知華と勇樹は光子郎に駆け寄った。
「どうしたんだい? ふたりとも」
光子郎はふたりの目線に合わせるため、しゃがみこんだ。先ほどまで研究者の顔つきだった彼は、ひとりの父親の顔に変わっていた。
「パパに会いたかったの」
「パパにぎゅっとしてもらいたかったんです」
知華と勇樹から子供らしい理由を聞き、光子郎は思わず笑みをこぼし、ふたりを優しく抱きしめた。
「ぼくに会いたかっただけかい?」
腕の中にいる子供達に、光子郎はそう問いかけた。
「パパのけんきゅうしつに行って、パパのお仕事を見学したいです!」
「ぼくたちが行ってもいいなら、だけど……」
元気よく主張した知華とは対照的に、勇樹は控えめに言った。すると光子郎は、間髪入れずに、
「いいですよ」と返事をした。
「ほんと!?」
「ダメなくらい忙しかったら、電話をもらった時点で断っているからね。ふたりの気がすむまで、好きなだけ見学していいよ」
「やったあ!」
「ありがとう、パパ」
知華と勇樹は見るからに嬉しそうにして笑った。
「と、その前に。せっかくだから、みんなで社食に行って、お茶でもしましょうか?」
「おちゃ?」
知華と勇樹に、それぞれ抱きかかえられていたモチモンとコロモンは、光子郎の言葉に首を傾げた。
そんな二匹に光子郎は、「おやつのじかんにするんだよ」と答えた。
「え! おやつ!?」
コロモンは光子郎の言葉を聞くなり、目を輝かせ、嬉々とした声を上げた。
「光子郎、お仕事途中で大丈夫なの?」
心配する佳江に、光子郎は安心させるように笑いかけた。
「大丈夫です。それに休憩も大事ですし。いま、テントモンも呼びますから」
光子郎はポケットから携帯端末を取り出し、デジタルワールドで調査中のパートナーと通信を繋げた。
「テントモン、お茶休憩にしましょう。知華と勇樹、それに、お母さんも来てますよ」
『え! ホンマでっか!? 行きます、行きます!』
光子郎との通信を慌てて切ったテントモンは、10分もしないうちにやって来た。
「皆はん、待たせてすんまへん!」
「あら、テントさんいらっしゃい」
「それじゃ、行きましょうか」
メンバーが揃ったところで、一同は、デジタルワールド研究所の社員食堂へ向かった。
子供達と彼らのパートナーはジュース、光子郎と佳江、テントモンは紅茶とともに、研究所の社員食堂の美味しいと評判のケーキを頬張ったのだった。

0