前略
東京にいるお父さん、お母さん。お元気ですか。
いつもお米や野菜、洋服などの仕送りをしてくれてありがとう。9月になっても京都はまだまだ暑いですが、暑さに負けず、バイトや勉学に励んでいます。
もう少し季節が進むと紅葉が見事なので、是非遊びに来てください。冬休みに一度、そちらへ帰ろうと思っています。
そしてぼくは今、京都にある両親のお墓参りに来ていますーー
ある秋のお墓まいり
まだまだ残暑が続く、9月中旬。ぼくは、半袖のTシャツとズボン姿に帽子を被り、折りたたみ式のバケツ、マッチ、線香を持って、ある場所を目指していた。
「ふう。結構、坂きついな……」
ぼくは、汗を拭いながら坂道を歩き続ける。しばらくすると、目的地ーー墓所に到着した。 ふと来た道を振り向くと、京都市内が遠くに見え、京都特有の碁盤のような美しい街並みが一望できた。
「いい眺めだなあ」
少しの間、景色に見入ったあと、ぼくは墓所の中へと入っていった。
持参した蛇腹になっているバケツを広げ、設置されている水道で水を汲む。それに貸出の柄杓を入れて、ぼくはバケツを持ち、目的の区画へと向かった。
「ここだ」
ぼくはある墓石の前で立ち止まる。
目的の区画に着いたんだ。
ぼくは黙ったまま、この墓石の前で佇んでいた。
ここには、ぼくの生みの親ーーぼくが生まれて数ヶ月後に、交通事故で亡くなってしまった実の両親が静かに眠っている。
初めて来たのは、小学4年生の秋。
とても長くて、とても短い夏休みが終わって1ヶ月半が過ぎた頃だった。
あの日も暑い日だったけど、今日も同じように暑い。
京都の大学に進学してから、何度か訪れているこの場所は、いつ来ても変わらずに存在している。
ぼくは持ってきた雑巾を濡らして固く絞り、墓石を丁寧に拭いたあと、線香の灰を片付けたり、持参した花束を供えたりした。
それからぼくは、マッチで線香に火を点け、そっと供え、目を閉じ、うつむき加減で手を合わせた。合わせた手を解くと、ぼくは、
「今年も暑かったですね。お父さんとお母さんはどう思いましたか?」
と、目の前の両親に向かって話しかけた。
「ぼくは毎日大学で勉強を頑張っています。でも、いまは夏休みなのでーーあ、もう少しで後期が始まりますけど。いつもよりバイトの日数を増やしたり、武之内教授や城戸シュウさんにくっついて、研究に没頭したり……いろいろ忙しいです」
一呼吸置いて、ぼくは言葉を続けた。
「お父さんとお母さんも大学では忙しかったですか? お父さんがやっていた大学の講師って、教授とは違うと聞いて。教授になるまでの前段階のうちのひとつ、とも聞きました。でもその後に助教授や准教授もありますし、いろいろ難しいんですね」
ぼくは再び息を吐いた。
「……そういえば、ほんとに偶然なんですけど。大学でお父さんのこと、知っている人に会いました。その人と話す機会があって、ぼくが生まれたばかりの頃、それを嬉しそうに話していたのが印象に残っていると聞きました。その話を聞いて、ぼく、胸がいっぱいになってしまって。上手く言葉を返せなかったんです。そしたら、その人に、『君にも研究者の血が流れているから、亡くなったお父さんやお母さんの分も沢山勉強してください、応援しています』と激励を受けました。ぼく、高名な数学者の人にそう言ってもらえて、本当に嬉しかったんです」
大学での一幕を話し終えると、ぼくは話題を転換した。
「そうだ、今日は“太一さん”も、ここに来てくれるんですよ。だけど……彼はいま、バイトに行ってて。ほんとに急なピンチヒッターを頼まれてしまって、後から行くからと言われました。太一さんは頼りになるし……困っている人を放っておけないタイプらしいので、ああ見えて頼まれると断れないんですよね。でも、そんなところが彼の良いところなんですが」
その時、ピロンとぼくの携帯のメール着信音が鳴った。
「あ、噂をすれば……」
ぼくはその場で、携帯のメールフォルダを確認した。相手は案の定太一さんからで、バイト先を抜けられたから、今から向かうということがメールに書かれていた。
「ちょっとここに、バケツや他の荷物、置かせてもらいますね。すぐ戻りますから」
ぼくは両親に伝えて、その場を離れた。
*
「光子郎ーっ」
「太一さん」
遠くから早足でどんどん近づいてくる太一さんに、ぼくは慌てなくていいですよとジェスチャーした。
「ひーっ、やっと着いた」
「お疲れ様です」
太一さんは長い坂を急いで登ってきたせいか、肩で息をしている。少し呼吸を整えた後、申し訳なさそうにして、
「ごめんな、一緒に行けなくてさ」と言った。
「いいえ、大丈夫です。ひとりでも、ある程度は出来ましたし。それより、バイト先はどうだったんですか?」
「なんとか大丈夫だった。むしろさ、店長から臨時のバイト代貰っちまったんだ」
「そうなんですね」
太一さんは飲食店でバイトをしていて、バイト仲間や店長さんからとても信頼されている。 さっき、ぼくが本当のお父さんとお母さんに向けて話したように、何だかんだ言っても面倒見のいい太一さんのことを、ぼくは尊敬しているんだ。
「そうだ、そこに自販機ありますから、何か飲みませんか? 喉、渇いてるでしょう?」
「あぁ、そうだな。サンキュ」
太一さんとぼくは、墓所の入り口にある自動販売機で飲み物を買って、喉を潤してから、ぼくの両親の元へと向かった。
*
「お、ピカピカだな」
太一さんはぼくの両親の墓石を見るなり、そんな感想を漏らした。
「ええ。雑巾固く絞って掃除しましたので」
「頑張ったな」
「いえ……」
「ほかに、何かやることあるか?」
太一さんの質問に、えっと……とつぶやき、ぼくは済んだことを挙げていく。
「掃除はしましたし、お花も替えましたし、ぼくは線香もあげてます。太一さんの分、ここにとってありますよ」
「サンキュ。それじゃあ……線香に火を点けるの手伝ってほしい。火はオレがつけるからマッチ貸してくれ」
ぼくは「はい」と頷いて、マッチ箱を太一さんに手渡した。
太一さんはマッチを擦り、火をつけて、ぼくの持っていた線香を炙る。すると、風向きのせいか火が太一さんの指のほうへかすりかけた。
「あちち」
「大丈夫ですか」
「おう、なんとか」
太一さんは熱かったらしく、ふーふーと指に息をかけていた。念のためバケツに汲み直した綺麗な水で指を冷やすように勧めて、太一さんは「悪いな」と言って、水を汲んだ柄杓に手を入れていた。
「ろうそくで点けるタイプの便利なグッズもあるみたいだから、今度のバイト代が入ったら、ホームセンターに買いにいこう」
「そんな、そこまではいいですよ。今度はぼくが火をつけますし」
すると、太一さんはいいや、と口を挟んだ。
「さっきみたいに、直だと危ないし、便利なほうがいいだろ? これからも墓参りには来るんだから」
太一さんは、ぼくに向かって笑みを浮かべた。その言葉の意味を深読みして、少し照れくさくなった。
太一さんは線香を供えると、静かに手を合わせた。
合わせた手を解くと、ひとつ咳払いをして、
「さて。オレもここはひとつ」
とつぶやくと、太一さんは神妙な顔つきになった。
ぼくは不思議に思って小さく首を傾げた。
「こんにちは、八神太一です。息子さんとのお付き合いは順調です。基本的に真っ当に、いや、時に不健全になることもあるんですけど……」
「た、太一さん」
彼の口から発せられる言葉は全て事実だ。けれど、それを耳にすると改めて自覚してしまって、顔が熱くなってしまう。
そんなぼくの様子は気にせず、太一さんは言葉を続けた。
「僕は……いや。オレは、光子郎のやりたいこと、進む道を開くために頑張っていくので、どうか見守ってくださると嬉しいです」
太一さんは、ぼくの両親に向かって胸を張っていた。その姿を横目で見て、ぼくは彼のことがいつも以上に頼もしく思えたんだ。
所信表明のようなものが終わり、太一さんは小さく「よし」とつぶやいた。
「毎度墓参りの時に思うけど……光子郎の実の父さんと母さんに会ってみたかったな。そっくりなんだろ?」
「写真は見せたことありますよね?」
「そうだけど……中身のことだよ、中身。興味があるんだ。好きなこと、好奇心のままに研究に向かう姿勢とかさ」
確かに、それは気になるかもと、ぼくも内心同意する。
「ぼくも……会いたいです。物心つく遥か昔にお別れしてしまいましたから。両親のことは、人から聞いた話から想像の中で補完するしかないので」
「光子郎……」
太一さんがぼくを見て切なげな顔をした。ぼくは心配させたかなと、慌てて微笑んだ。
「幸い、ぼくは周りの人達に恵まれましたから平気です。いつか、ぼくが向こうに行くくらい年を取ったら、両親に会いに行きますよ」
すると、太一さんは思いがけないことを言った。
「そん時はオレも、光子郎に同行しようかな」
「ぼくが先に死んでも、後追いはしないでくださいね」
「それはどうかな」
互いに見つめ合った後、吹き出して笑い合う。
「それはともかく。いつかさ、おまえがーー向こうに行くときまでに、数え切れないくらいの土産話を作っておこうぜ」
「はい」
「じゃあ、帰ろうか」
両親に挨拶をして、ぼくたちは墓所を後にした。
帰り道、ぼくはあることを思い出し、太一さんに聞いた。
「そういえば。臨時のバイト代、どのぐらい貰ったんですか?」
「ああ、そうだった。えーっと……あれ?」
太一さんが確認すると、バイト代が入った封筒の中に5千円が入っていた。
「これ、枚数多くないか? オレが出たの3時間ぐらいだし、あそこの時給って……ん?」
太一さんは、封筒の中に入っていた、折りたたまれたメモを開いた。すると……。
八神くんへ
今日は急だったのにヘルプに来てくれてありがとう。いつも君の働きには助けられています。そこで僕のポケットマネーから2千円ですが、君にボーナスをあげます。一緒に住んでる後輩くんと美味しいご飯でも食べて。あ、このことはくれぐれも他のバイトさんにはナイショにしてくれ。頼むよ。
そのメッセージに、ぼくたちはそれぞれ目を丸くした。
「気前がいいですね、店長さん」
「そう。あの人さあ、めっちゃいい人なんだよ」
太一さんはバイト先の店長さんの話を、ひとしきり聞かせてくれた。
「そんじゃ。今日は夕飯の材料、奮発するか」
「いいですね。ぼくも手伝います」
「その時に線香点ける火おこし買えばいいよな。東京でもマルエツに売ってた気がしたし」
歩きながら、太一さんが右手を差し出してきた。ぼくは微笑んで、その手を握り返した。
前略
天国にいるお父さん、お母さん。
ぼくを引き取って育ててくれた優しい両親と、ぼくの周りいる仲間たち、デジタルワールド、テントモンを始めとするデジモンたち、そして太一さんに出会えたおかげで、ぼくはとてもしあわせです。ぼくを生んでくれてありがとう。
いつか遠い未来に、きっと会いに行きます。
それまで、かなり待たせてしまうけど……向こうで待っていてくださいね。