2027年春の番外編集 - 5/9

2008年3月。
志望校であった京都の大学に現役合格したぼくは、京都へ発つための荷造りをしていた。
(向こうの家に持っていくのはこれだけにして……デスクトップパソコンは……これを機に新しいのを買ってしまおう)
これからの時期着る洋服と、本、文房具……そして長年使ってきた、愛用のノートパソコンをスーツケースに詰めていく。向こうで暮らすアパートには、たくさんの荷物は持ち込めないから、厳選している最中だ。
「手伝えること、あるかしら?」
開けていた部屋の扉の向こうから、お母さんが顔を出してきた。
「もう終わるので大丈夫です。ありがとう、お母さん」
ぼくはお母さんに向かって笑いかけた。お母さんも穏やかに笑っている。
「そうやって荷造りしているのを見ると、本当に行ってしまうのよね」
ぼくの部屋に入りながら、お母さんは寂しそうに言った。その様子に、ぼくは急に申し訳ない気持ちになった。
「すみません。都内の大学を選ばなくて。でもぼく」
大好きな両親の元を離れて、遠くで暮らすのは初めての経験だ。向こうでは、ぼくの恋人である太一さんと、ルームシェアという形で一緒に住むことになっているから、寂しくはない。それでもーー
すると、お母さんは優しい声で「謝らなくていいのよ」と言った。
「光子郎のやりたいことのためなら、妥協しないでね。それにあなたも、あと二年で成人するんだもの。立派になって嬉しいわ」
「お母さん……」
いろんな気持ちがこみ上げてきて、ぼくはお母さんに、年甲斐もなく抱きついてしまった。
そんなぼくにお母さんは「あらあら」と笑った。
「離れていても、ずっと、応援しているわ。京都でも……元気でいてね」
「はい……っ」
実を言うと、京都へ発つ日まではあと数日あるけれど、ぼくはすっかり寂しい気持ちになってしまった。だけどーー実の両親を喪って、今の両親に引き取られてから18年間、こんなに優しいお母さんの元で育つことができて本当に良かったと心から思った。

京都へ発つ2日前。
ぼくの携帯電話のアドレスへ太一さんからメールが届いていた。
『21日に来るんだったよな。交通手段は? あと、ひとりで来るのか?』
ぼくは早速、
『はい、その日です。お母さんと一緒に、新幹線に乗って行きます。お母さんも引っ越しの荷物整理、手伝ってくれるって言ってました』
と、返信した。すると、太一さんは
『そうなのか。分かった。楽しみに待ってるよ。迎えに行くから、こっちに着く時間が分かったら教えてくれ。おばさんによろしく伝えてくれな?』と返事をくれた。
東京を発つ日。
朝、お父さんが品川駅まで車を出してくれて、新幹線のプラットフォームまで見送りに来てくれた。お父さんは、優しげに微笑んでいた。
「向こうに着いたら、太一くんによろしく伝えてほしい」
「分かりました」
「身体に気をつけて、決して無理はしないように。元気でやるんだよ」
「はい。ありがとう、お父さん。行ってきます」
名残り惜しかったけれど、新幹線は待ってはくれない。ぼくは後ろ髪引かれながら、お父さんと別れて、お母さんと共に車内へ乗り込んだ。
新幹線の指定された座席に座って、駅のホームにいるお父さんに手を振る。そして、発車の合図と共に、電車はゆっくりと走り出した。
ぼくとお母さんの座席は、二人掛けだから気兼ねなく座ることが出来る。スーツケースは横倒しに自分の足元の床に置いて、その上に足を投げ出すことにした。
そうやって落ち着いてからふと思い出した。
「そうだ、太一さんに電話しなきゃ」
「あら、太一くんに?」
「はい。出発前に連絡してくれって言われていたんです。デッキで話そうかな……」
新幹線は走り出してしまったし、車内で通話するのは他人の迷惑になってしまう。お母さんに、デッキで電話してくる旨を伝えると……。
「新幹線って自販機あったわよね? 気になるから光子郎について行こうかしら」
「わ、分かりました」
思いがけなかったけれど、新幹線に乗ることなんてそうそうない。だから、お母さんとふたりで自動販売機のあるデッキまで行くことにした。

デッキに移動してから、ぼくは太一さんに電話をかけた。太一さんは2コールで出た。
『よう、光子郎。おはよう』
太一さんに、おはようございますと返してから、「すみません、もう品川駅出発しまして……到着はお昼前ぐらいです」と伝えた。
『りょーかい。忙しいのに悪かったな』
「いえ……むしろ連絡遅くなってすみませんでした」
『お昼頃にオレ、京都駅行くから。道中気を付けてな』
「はい、ありがとうございます。それじゃーー」
電話を切ろうとした瞬間、横にいたお母さんから、「ねえ、太一くんと話せない?」と声をかけられた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
『ん、どうした?』
「お母さんが太一さんと話したいって言っているんですけど、大丈夫ですか?」
『おう、大丈夫だぞ』
「代わりますね」
そしてぼくは、お母さんに携帯を渡した。
「もしもし、太一くん?」
『おばさん! ご無沙汰してます』
太一さんの元気な声が、携帯の外に洩れ聞こえている。
「こちらこそ。元気にしてる?」
『あ、はい! すこぶる元気です!』
「そう、よかった」
お母さんは電話の向こうの太一さんに向かって微笑むと、
「これから光子郎とそっちに向かうから、よろしくね」と言った。それに対して太一さんは、
『はい、お待ちしています!』と答えた。
お母さんから携帯を戻してもらって、太一さんとは二、三言話してから電話を切った。その後、自販機でお菓子や飲み物を買って、ぼくとお母さんは座席へと戻った。

あれから数時間が経過した。そして間もなく、この新幹線は京都駅に到着する。
『京都ーー京都ーー』
新幹線が停車し、アナウンスが響き渡る。
お母さんと共に、ぼくは乗っていた新幹線から京都駅へと降り立った。その瞬間から、ぼくは彼の姿を探し始めた。
「光子郎ー! こっちだ」
「太一さん」
聞こえてきた声のほうを向くと、そこにはこの一年、焦がれていた存在が立っていた。
「太一くん、久しぶりね」
「おばさん、お久しぶりです」
「見ないうちに、またしっかりしたんじゃない?」
「そんなことないですよ。ひとり暮らしに慣れるまでてんてこ舞いでしたから」
太一さんは苦笑いをこぼしていた。
「よっ。電話じゃさっきぶりだけど……久しぶり」
「お、お久しぶり、です」
ぎこちなく挨拶を交わした後、ぼくはぼんやりと目の前にいる人を眺める。そしてああ、彼だなと実感したんだ。
そのまま少しぼんやりとしていると。
「あれ、光子郎。身長伸びたか?」と、太一さんに言われた。
「あー……少しは」
そう、太一さんと遠距離になってから身長が3〜4cm伸びたんだ。
「ちょっとだけ目線が近くなったな」
「そ、そうですね」
なんだかドギマギしながら相槌を打つ。すると太一さんは、
「でも、オレのほうが高いけどな」
と言って、にひひと笑った。どうやら会わないうちに太一さんの身長は更に伸びていたらしい。ちょっとだけ悔しいけど、太一さんとの身長差は嫌じゃないから、それはそれでいいかな、と思うところだ。
「さ、行こうぜ? 持参した荷物は、それだけか?」
「はい。大事な荷物はスーツケースに纏めたので」
「おまえが宅配便で送ってくれた荷物、バッチリ届いてたぞ」
「よかった」
「じゃあ、光子郎。おばさん、こっちです」
「ありがとう、太一くん」
お母さんは、にこにこしながら太一さんについて行った。
こうして、ぼくたち3人は、バスに乗って大学にほど近い新居へと移動した。

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