365日のメリーゴーラウンド - 6/10

高校の制服の採寸は、合格発表から割とすぐに行った。そして、制服は春休み中に届いたんだ。
「ねえ、光子郎。高校の制服、着て見せてちょうだい」
お母さんに言われて、ぼくは新しい制服に袖を通した。制服を着たぼくの姿を見て、お母さんはとても喜んでくれた。
「とっても似合うわ! お父さんが帰ってきたら、見せてあげて」
「はい」
ぼくは笑顔で答えた。そして、ふと思った。
「そういえば、太一さんには、なんて言おうかな」
そう。ぼくが月島高校を受験し、合格し、入学することを決めたことを太一さんには黙ったままだったのだ。
あれだけ用意周到にドッキリを仕掛けた割には、種明かしのことを考えていなかった。制服も完成したことだし、いっそ太一さんにこの姿を見せて種明かしをしたいと、ぼくは思いついた。そこでぼくは、お母さんに「ぼくの制服姿をどうしても見せたい人がいて。このまま出掛けちゃダメですか?」と聞いた。すると。
「もしかして、太一くんのところ?」
「!」
考えを見透かされていたことに、ぼくは目を見開いた。そんなぼくに向かって、お母さんは優しく笑った。
「いいわよ。でも制服汚さないでね」
「ありがとう、お母さん。行ってきます」
ぼくは携帯電話や財布を持って、家を出発した。
太一さんの家に向かうにあたって、ぼくは彼に事前にメールで連絡を入れた。
『太一さんに報告したいことがあります。今から家に伺っても大丈夫でしょうか』
すると、彼からすぐに返信があった。
『おう、いいぜ』
久々に連絡を入れたというのに、何も咎めない、それだけが書かれているメール。あれ、もしかして彼はもう知っているのだろうか。
緊張しながらも、太一さんの家の前に着いた。インターホンを押して、応答を待つ。だけど、なんの反応もない。恐る恐る玄関のドアノブに手をかけると、鍵は開いていた。そして、ドアを開けると、太一さんが仁王立ちして待ち構えていた。
「光子郎っ! おま……え……?」
「ご無沙汰、してます。たいち……さん?」
「えっ、その、えっ……? それって……」
太一さんは、ぼくのこの姿を見て、明らかに動揺しているようだった。
「わあ、光子郎さん! 月島高校の制服届いたんですね!  素敵!」
動揺している太一さんをよそに、彼の後ろからヒカリさんが顔を覗かせた。
「えっ? ヒカリ、おまえなんで知ってんの」
「それはねえ」
ヒカリさんがニコニコしながら太一さんの顔を見る。するとそこへ。
「あら、光子郎くん! 久しぶりね。合格おめでとう」
と、太一さんとヒカリさんの母親が声をかけてきた。そんな彼女に、
「えっ、何。母さんもグルなの?」と太一さんは言った。
「なあによ、グルって。母さんは光子郎くんのお母さんからこの前、聞いたのよ」
「ええ……じゃあ、何、ヒカリとグルなのは光子郎なの? えっ、光子郎がヒカリと……ってそれじゃさっきと同じか」
「あはは……」
その一連のやり取りを聞いて、ぼくは苦笑いをした。
「なんだかごめんね、光子郎くん。立ち話もなんだから上がってちょうだい」
「こちらこそすみません。お邪魔します」
おばさんの好意に甘えて、ぼくは久しぶりに八神家にお邪魔した。

「改めて。ぼく、4月から月島高等学校に通うことになりました。太一さん。よろしくお願いします」
挨拶をした後、ぼくは太一さんにだけ黙っていたドッキリのことを彼に打ち明けた。すると。
「なんだよー。オレにだけ言ってくれないなんてヒドイぜ……」
「すみません、太一さん」
拗ねていじける太一さんに、ぼくは何度も謝った。
「でもよかった。おまえに嫌われたんじゃなくて」
「ぼくがあなたを嫌うわけ、ないじゃないですか」
すると、太一さんはぼくに抱きついてきた。
今この部屋にはヒカリさんもいるけれど、ぼくたちの仲を知っているから、ニコニコと笑っていた。
「再会のイチャイチャだな」
ヒカリさんのそばにいたテイルモンが一言、そうつぶやいた。
ここで、ヒカリさんからある提案があった。
「せっかくだから、お兄ちゃんも制服着て。光子郎さんと記念写真撮ってあげる」
その言葉に太一さんは「おお!」と歓声を上げた。
「ヒカリ、ナイス! さすが!」
太一さんに褒められたヒカリさんは嬉しそうに笑った。
「光子郎、ちょっと着替えて来るから待ってろ!」
「分かりました。待ってます」
「あ、ヒカリ。部屋借りていい?」
「うん、いいよー」
「じゃあ、ちょっと待ってろよ」
太一さんはクローゼットから制服を出し、それを持って、意気揚々と部屋を出て行った。
「太一とお揃いの制服か。いいもんだな」
ぼくとヒカリさん、テイルモンだけになった時、テイルモンからそう言われた。その瞬間、顔が熱くなった。ぼくは恥ずかしさを紛らわそうと、ヒカリさんにお礼を言った。
「ところでヒカリさん、今日までご協力ありがとうございました」
「いえいえ。お兄ちゃん、いい反応してましたよね」
「そりゃあもう」
「一年くらい黙っていたんだよな?」
テイルモンに聞かれてぼくは「はい」と頷いた。
「だけどだいぶ骨が折れました」
ぼくはこの一年間のことを思い、苦笑いした。
「お兄ちゃん、光子郎さんが他の高校に進学するってずっと思い込んでいたから、元気なかったんですよ」
ヒカリさんの話の太一さんの姿は容易に想像出来た。そこへ。
「待たせたな」
月島高校の制服に着替えた太一さんが颯爽と現れた。ぼくは率直に感じたことを彼に伝えた。
「太一さんの着こなしはこなれている感があります」
すると、太一さんは。
「光子郎はさ、かっちり着ないでもっとこう、ゆるくっていうかさ」
「新一年生がいきなり、制服着崩していてどうするんですか」
ぼくの文句に、太一さんは口を尖らせた。
「そーいうとこ真面目で可愛くないよな」
「かわ……」
「ま、オレは、そんなおまえが好きだけどさ」
太一さんはぼくの頭を撫でてくれた。
それからヒカリさんがいくつか写真を撮ってくれた。太一さんとヒカリさんのおばさんに頼んで、ぼくたちと一緒に、ヒカリさんとテイルモンも写った写真もある。
「あとで、写真送りますね」
「ありがとう、ヒカリさん。よろしくお願いします」
ぼくはヒカリさんに礼を言った。
それから一時間ほどした後、ぼくは八神家を後にした。ぼくの家があるマンションまで送ると、太一さんは一緒に降りてくれた。
別れ際、太一さんに「また、これからもよろしくな」と言われた。
ぼくは「もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」と答えた。
家に帰って、ぼくは新しい制服を脱ぎ、普段着に着替える。この制服で太一さんと一緒に学校に通う日を思い、ぼくは心を踊らせたのだった。

これが、月島高校の制服にまつわるエピソードだ。あの日、太一さんに着せられたのは、まあいわゆる「彼ブレザー」というものらしいんだけど、ああいうことをナチュラルにやる太一さんを思うと、ぼくのほうが恥ずかしくなってくるのだった。でも正直、あれでぼくは落ちたから、年の近い恋人がいる人は、受験シーズン前に機会があったら、試してみることをお勧めする。
そんなこんなで自習時間が終わり、通常の各教科の授業が始まった。
一時間目の自習時間の長さが嘘のように、あっという間に午前中の授業が終了した。
お昼休み。ぼくはある人に声をかけられた。
「光子郎くん」
「あ、空さん」
「今日の新入生歓迎会の事だけど、打ち合わせは大丈夫?」
空さんは生徒会の書記を務めていて、太一さんとともに新入生歓迎会の実行委員に名を連ねている。事前にきちんと話を聞けたから、ぼくは大丈夫だったけど、空さんは心配だったようだ。
「太一さんに細かく流れを教えてもらったので、大丈夫だと思います」
「そう、ならよかったわ」
空さんは安心してくれたようだ。
「光子郎くんにちょっと、頼みたいことがあるんだけど」
「なんでしょう」
「太一にね、お昼は生徒会室で食べるって言ったんだけど、あたしちょっと用事を思い出して、お昼は食べてからそっちに行くって。光子郎くん、悪いんだけど太一に伝えてくれないかしら?」
「いいですよ。いいですけど、それなら……」
「太一とふたりでごゆっくりね」
それを聞いた瞬間、ぼくは悟った。
「え……あ、すみません。お気遣いいただいて」
空さんは「いいえ」と笑った。空さんの気遣いにぼくは恐縮した。
「それと、光子郎くんの太一へのドッキリ、上手くいってよかったわ」
空さんの言葉に、その苦節の日々を思い出したぼくは、思わず苦笑いをした。

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