365日のメリーゴーラウンド - 3/10

Side:Taichi

一年生の教室近くで光子郎と別れてから、オレは自分の教室のあるほうへ向かった。歩きながら、さっきの、別れ際の光子郎とのやりとりを頭の中で反芻する。
(はあ……)
『もうっ、太一さんは……』
まあ、真面目なあいつにあんなこと言ったら怒られるとは思ったけど。
(怒った顔も可愛かった……)
オレはチャンスがあればいつでも、光子郎としたいと思っている。
でも結局、光子郎は恥ずかしがりながらも「オレとしたい」って本音を言ってくれたし。
(今週の土日が楽しみだな)
オレは誰もいない廊下を歩きながら頬を緩ませた。
自分の教室に着いて、ドアをガラガラと開ける。すると、教室にはまだ誰もいなかった。
早く着き過ぎたのか。光子郎といろいろ話したくて、朝練がある時の時間で学校に来てしまったけど。
「うーん、どうすっかな……」
時計を見ると、朝のホームルームが始まるまで一時間以上もある。オレはひとまず、自分の席に座った。
(篠塚さんの代役が光子郎に決まったことだし、新入生歓迎会のことは流れも含め、大体詰め終わっているからなあ。普通に授業の予習でもするか)
オレは、カバンからノートを取り出し、パラパラとめくり始めた。
今では予習の習慣がついているけれど、昔は予習なんてものはこれっぽっちもしなかった。むしろ、勉強なんかより、サッカーに明け暮れているほうが楽しかったし、何より勉強に対して、意味を見出せなかったところもある。
だけど。デジモンと出会い、みんなと出会い、後輩たちと出会い。そして、パートナーデジモンを持つ人たちが増えるにつれ、オレには何ができるだろうと考えるようになった。
中学2年の夏、オレはひとつの答えを見出した。
「未来のことをすぐには決められないけど、兎にも角にも、まずは勉強する」ということだ。
小さい頃から好きなサッカーは、高校に進学してからも続けるつもりではいた。それにしても、スポーツ推薦・特技推薦だけじゃ心もとない。プロになれなかったときのことは、中学に上がる前からずっと考えていた。あの夏にデジタルワールドを旅しなかったら、オレはいまでも、プロのサッカー選手を夢見て、まっすぐ走り続けていたのかもしれない。
もちろんいまでも、プロに憧れはする。だけど――
いつの間にかサッカーは、オレにとっての最重要項目ではなくなっていた。
オレに大切なものを教えてくれたデジタルワールド。あの世界で出会った、アグモンという大切な、もうひとりのオレの存在。
そんな掛け替えのないもののために、オレに出来ることがあるのなら、オレはその道に進みたい。いつの間にかそう考えるようになっていた。どんな形であれ、オレはデジモンとデジタルワールドに関わって、生きていく。それだけは心に決めていた。
その時点では、そういったことをする職業がなにか、見当もつかなかった。だからこそ、兎にも角にも勉強する。勉強すれば、道が開ける。なんとなく、オレはそう考え、信じるようになった。
中2の冬。勉強に自信がなかったオレは早めに受験勉強に取り掛かろうとした。そして早速、基礎があまりなってなかったことに気が付いた。そこでオレは、ひとつ年下の光子郎に無理を言って家庭教師を頼んだ。当然、光子郎は戸惑っていたけど、オレの本気度合いを見て引き受けてくれた。
どうして年下の光子郎に頼んだかというと、正直、オレは1年生の勉強からやり直すべきだと悟って、現在1年生で上位の成績を保っている光子郎が適任だと考えたんだ。
勉強が出来ないことで損することはあると思うけど、出来ることで損はしないだろう。
そんなわけで、オレの勉強に対するやる気は、以前とはまるで違っていて、それ以前から勉強会をしていた光子郎にも「太一さん、本当にどうしたんですか?」と最初の頃は何度も聞かれたな。
ちなみに、光子郎に家庭教師を頼み込んだのは、塾に行きたくなかったから、受験生でも正当な理由で大好きな光子郎に会いたかったから、というのもあるけど、それだけではなかったんだ。
光子郎の教え方は上手いし、解りやすい。質問すればオレが納得するまで、辛抱強く教えてくれる。そんな心強い先生がそばにいれば、勉強も頑張れると思ったんだ。
事実、オレの成績は、それまでとは打って変わって、苦手の数学ですら最低点数は50点台半ばになった。テストのたびに礼を言ったけど、光子郎は「それは太一さんの頑張りですよ」と言ってくれる。けど、本当にあいつのおかげなんだ。
受験勉強の時からの勉強の習慣は定着して、高校生になってからも、自然と机に向かうようになった。言っておくけど、オレは身体を動かす方が好きだ。だけど、勉強も面白いと思えるようになったのは、大きな変化だと思う。
オレは予習のノートから顔を上げ、時間を見る。
(まだ40分ぐらいあるな……)
オレは再び、登校中の光子郎との会話を思い出す。
オレたち、選ばれし子どものネットワークで作ったホームページとチャットルーム。そこで出会ったサリィと、あの新入生・篠塚さんが同一人物だったことにはとてもビックリしたけど、それはそれだ。
(篠塚さんは可愛いけど、それ以上に光子郎がヤキモチ妬いてたの、可愛かったなあ)
例の篠塚さんはすごい美人で可愛い。オレも男だから可愛い女の子は好きだ。だけど、やっぱり光子郎には敵わない。それだけ、光子郎はオレにとって大きな存在なんだ。
さっきから連発している「可愛い」という以外に、あいつと一緒にいるとなーんか落ち着くというか、安心するんだよな。恋人に感じるそういう感覚って何気に大事だとオレは思う。
あとは、あれだ。光子郎はすっごく健気なんだ。新入生歓迎会の代表挨拶を、体調不良の篠塚さんの代わりを引き受けると言ってくれた時。
『こんな時、太一さんなら引き受けると思ったから、見習いたい』と言っていた。
その理由に、オレは再び悶えた。
光子郎は出会った頃から、ずっとオレを慕ってくれていた。だけど、恋人付き合いを始めてから、慕ってくれるその姿に内心、悶えるようになってしまったんだ。
(むしろオレ、最初に告白された時に、光子郎のことなんで振ったんだろ?)
オレは開いていたノートを閉じると、机に突っ伏し、その頃のことを思い出していた。
『ぼく、太一さんのことが、好きです』
光子郎に告白されたのは、オレが中3で光子郎が中2の時。女の子に告白されたことは、これまでに何度かあった。サッカー部の後輩とかにも、オレに憧れているとか、オレみたいになりたい、って言われたことも何度もある。
だけど、男に恋愛的な意味で告白されたのは、光子郎が初めてだった。
いいヤツだと思っているけど、頼りになる後輩で仲間だとしか思ってなかったオレには、あいつの告白は衝撃的だった。なぜかと言うと、今まで男を恋愛対象として見たことがなかったからだ。その時点では到底見られるはずもなく、ごめんなと言って断った。
しかし、その日を境に、かえって意識するようになってしまった。ある時、光子郎が女の子と話していて、それを見てオレは、自分が無性にモヤモヤしていたことに気が付いた。
それから程なくして、オレから光子郎に告白したんだ。すると光子郎はポカンとして固まった。
オレは戸惑った。もしかして、オレのこと好きだったのはあの頃だけだったのかと。オレは逆に、今こんなにも、光子郎のことが気になるように、好きになっちまったのにと。
でも、それは杞憂だった。
「い、いいんですか? ぼくがあなたの恋人になっても」
今にも泣きそうな顔をして、光子郎はそう言った。
やられた。とオレは思った。こんな健気で可愛いやつ、他の誰にも渡すまいと、オレはこの時、心に誓ったんだ。
こうしてオレと光子郎は付き合い始めたんだけど、恋人になったからには、ちょっとエロいこともしてみたいと思っていたんだよな。男同士だとそういうのは、抜き合いぐらいしか出来ないかな? と思い込んでいたら、ある日インターネットで調べていたら、なんと男同士でもセックスできることを知った。それから毎日、ドキドキしながらそのホームページのHOW TOを必死に読んだっけな。
んで、実際はというと、向こうから告白してきたくせに、光子郎はなかなかガードが固くて、キスするにも3ヶ月ぐらいかかってやっとだった。そして、初めてコトに及んだのは去年の夏。
何もかも初めてで、ちょっと性急になってしまったかな? と思ったけど、光子郎はオレの全てを、苦しそうに、だけど必死になって受け止めてくれた。それからまた、オレたちの仲が一層深まった気がする。
っと、ついつい惚気話をしてしまった。まあ、それだけオレは、光子郎のことが好きなんだ。
話は戻るけど、オレが自分で努力するべきことは分かっているし、未来への道もこれから見つけていかなきゃならない。
光子郎と一緒なら、それが出来そうな気がするけど……オレは今、ひとつ考えていることがある。
(あいつに法学部行きたいって言ったら驚くかな。
太一さんには無理ですよ、なーんて言われたらショックだからやめとくか)
最近、個人的に外交というキーワードが気になっている。デジタルワールドって考えようによっては、ある意味外国のようなもんだ。外国に行くにはパスポートがいる。デジタルワールドへのパスポートはデジヴァイス。またはD3ではないのか。今はまだ、限られた人々にしかパートナーデジモン、そしてデジヴァイスを持つ者はいないけど、その数も年々加速するように増えている、と光子郎やサリィ……篠塚さんから話を聞いていたんだ。それがずっと続けば、どうなるんだろう。現実世界とデジタルワールドを繋ぐような仕事ってないのかな、とオレは疑問に思った。
近くの図書館に行って調べたら、日本でそういう仕事をするのは外務省、そして外務省に所属する外交官だということが分かった。そういえば、外務省の外務大臣が外国のお偉いさんとどうとかってニュースを前に見たことがあった。
光子郎はこれからもデジタルワールドの研究をしたいと言っているし、仲間の中でも、デジモンと関わる仕事に就きたいと言っているヤツは多い。
(オレに出来ること……。光子郎やみんなの夢を、守りたいな……)
曲がりなりにぼんやりと考えている、今のオレの未来への展望だ。

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