2005年の冬のある日。本日の授業が終わった光子郎は、学校の正門前近くである人を待っていた。のだが……。
「うう〜寒い……。手袋とマフラーがないだけで、こんなに寒いなんて」
「あれ、光子郎はん。手袋とマフラーは一体どないしたんでっか?」
光子郎の背負っていたリュックから、モチモンがひょっこりと顔を出した。
「あ、うん……。実は、今朝ちょっと寝坊して慌ててて、家に忘れたんです」
「そうなんや! 慌てて忘れる、なんて光子郎はんらしくおまへんな」
「朝、家を出てしばらく歩いてから気がついたんだ。少しくらい防寒しなくても平気かと思ったけど……やっぱり寒いや。ううっ……」
そう言った光子郎は、寒さで身体をぶるぶると震わしていた。すると。
「……んー。ほんなら、家に帰るまでの間、ウチが光子郎はんのマフラー代わりになりますわ!」
「えっ、モチモンが?」
「はいな! 光子郎はんの首回り寒くないようにくっつきますわ! そしたら光子郎はんも、少しは寒くおまへんやろ!」
「え……でもそれじゃあ、君が寒いでしょう?」
「ウチ、光子郎はんが寒そうにしとるの……黙って見ておれへんわ! 風邪引いたら大変やし……」
「モチモン……」
光子郎はモチモンの優しさに、心がじーんとなった。しかし。
「でも、やっぱりそれじゃあ君が」
「ウチは大丈夫やさかい、光子郎はんは気にせんといてえな!」
「ほんとにいいの?」
「はいな! せやけど、マフラーと違ってウチじゃ首に巻けまへん。でも」
モチモンは言葉を切って、光子郎の首回りにくっついた。
「どや? 少しは寒さ、マシやおまへんか?」
「うん、全然違う。あったかいです。ありがとう、モチモン」
「へへっ、どういたしまして!」
モチモンは光子郎の首回りにくっついたまま、えっへんと胸を張った。
「それにしても光子郎はん、ミミはん遅いでんな」
「そうですね」
「そもそもウチら、ミミはんのこと待っとったんや。これで光子郎はんが風邪でも引いたら……」
モチモンはその餅のような身体を膨らませて、ややお怒りモードだった。
「もしかして、僕のこと心配してくれてるの?」
「そりゃあ、もちろん! ウチは光子郎はんのパートナーなんやし、光子郎はんのこと第一に考えまっせ?」
「心配してくれてありがとう。……まあ、でもミミさんも忙しいんでしょうから。焦らず待ちましょう?」
光子郎がモチモンをなだめた、ちょうどその時。
「あっ、光子郎く〜ん!」
遠くから、ふたりにとって聞き慣れた声がした。
「噂をすれば。ミミさ〜ん!」
そう、光子郎の待ち人はミミだったのだ。
「ごめん、お待たせ〜!」
「ミミはん! 遅いですわ!」
「あれ、モチモンもいたんだ。ごめんね。ふたりとも待たせちゃって」
「そりゃあ待ちましたで! なんたって光子郎はんは手袋……むぎゅっ!」
光子郎はモチモンを押さえつけ、小声で、
「モチモン、それは言わなくていいんだよ」と言った。
「でも、光子郎はん」
光子郎とモチモンの様子に、ミミは首を傾げた。
「光子郎くん、どうしたの? モチモンのこと押さえて……」
「ミミさん、今のは気にしないでください。それにしても、何かあったんじゃないかって僕、心配しましたよ?」
光子郎の言葉にミミは申し訳なさそうに、
「心配かけてごめんね……」と言った。
「あ、別に僕、ミミさんのこと責めてるわけじゃないですよ? 僕の言い方がマズかったですかね……」
「ううん! 大丈夫。こんな寒いところに待たせてたんだもんね。ごめんね」
「いえ……。あの、先生にでも用事があったんですか?」
「ううん違うの。……実はちょっとね、昇降口で違うクラスの男子に呼び止められちゃって」
このミミの一言に、光子郎はドキッとしたが、何事もなかったかのように、
「へ、へえ。そうだったんですか」と相槌を打った。
「うん、だけど友達待たせてるからじゃあね! って言って途中で振り切ってきたの!」
「あ、そうだったんですね(友達、か……)」
「あたし、アメリカから帰ってきたからって言っても、あたしだって日本生まれの日本育ちなんだし。特別じゃないのにね。いまは帰国子女、ってだけで特別扱いよ」
「でも、ミミさんって元々、華やかさがありますし……小学生の時も人気者だったじゃないですか」
「え! そうかしら? ……なんか、光子郎くんにそう言われると恥ずかしいな」
「そ、そうですかね?」
このあと、光子郎とミミの間に微妙な沈黙が流れた。先に沈黙を破ったのは光子郎だった。
「……あれ。ミミさんその手袋、もしかして新しいのですか?」
「え! よく分かったわね! この手袋ね、この前渋谷に行った時に、パパに買ってもらったのよ!」
「そうだったんですね。ミミさんのその手袋、なんだかあったかそうですね」
防寒装備を自宅に忘れた光子郎は、ミミの手袋を内心羨ましく思い、じっと見つめていた。
「うん! すっごくあったかいわ! いいでしょー?」
「あったかそうでいいなあ…………あ、その色、ミミさんに似合ってますよ」
「せや。ミミはんはそういう色、似合いますな!」
光子郎とモチモンに、手袋を褒められたミミは上機嫌になった。
「ホント!? うれしー! ありがと! 光子郎くん、モチモン!」
「どういたしまして」
嬉しそうなミミを見て、光子郎とモチモンも嬉しくなった。
と、ここでミミがあることに気がついた。
「ねえ光子郎くん。いつもしてるのに、どうして今日はマフラーしてないの?」
「あ……。いや、これは……」
「今日はウチが、光子郎はんのマフラー代わりなんやで!」
「そうなの? でも、確かにモチモンが一緒なら、何となくあったかそうね!」
「せや!」
「あはは……」
モチモンのフォローに、それを鵜呑みにするミミ。光子郎は思わず苦笑いした。
「でも、本当のことを言うと……今朝、遅刻しそうになって慌ててたので、マフラーも手袋も家に忘れてきたんです」
光子郎は、制服の上着のポケットに突っ込んでいた手を出して見せた。
「えー! そうなの!? ……きゃっ! 何よこれ! 光子郎くんの手、すごく冷たいじゃない!」
ナチュラルに手を握ってきたミミに、光子郎はさっきとは別の意味でドキッっとした。
「ミ、ミミさん……?」
「やだ、こんなに冷たい。これもあたしが光子郎くんのこと待たせたせいなのよね……。よし」
「あ、あの、ミミさん? そんなに握ってたら、ミミさんの手、僕の手みたいに冷たくなっちゃいますよ? 僕は大丈夫ですから」
「あたし決めたわ。待たせちゃったお詫びに、あたしが光子郎くんの手をあっためてあげるから」
それを聞いた光子郎は慌てた。
「えっ!? いや、いいですって! ミミさん、ホントに大丈夫ですから!」
「ダメよ! 光子郎くんの手、すっごく冷たい……このままだと霜焼けしちゃうわ!」
「ミミさん、でも」
この期に及んで、光子郎は遠慮しようとしたが。
「光子郎くんは、あたしの好意を受け取れないって言うの? こういう時は黙って好意を受け取りなさいよ!」
「は……はい。分かりました……」
ミミの勢いに気圧され、光子郎はようやく、ミミの好意を受け入れた。
「ほう。ミミはん、あんさんもなかなか優しいでんな〜」
この様子を光子郎にくっついて見ていたモチモンは、心なしかニヤニヤしていた。
「あら、モチモン。”なかなか”ってのは余計よ?」
「あ、そうでんな。すんまへん。ミミはんは元々優しいもんな!」
「あらっ! でもあたし、いつだって光子郎くんにだけは、特に優しくしてるつもりなんだけどな?」
ミミは光子郎に向かって笑いかけた。
「ミ、ミミさん……?」
この状況に、光子郎はただ、ドギマギするだけだった。
するとそこへ。
「あれー? 光子郎! ミミちゃん!」
「この声は……太一さん?」
そう、今度は。少し離れたところから、太一の声がしたのだ。
(まずい。このままだと……また太一さんに茶化される気がする)
嫌な予感がした光子郎は、自分の手を握ってくれているミミに、
「ミ、ミミさん。手、離してください。太一さんにこうしてる所見られたら、何言われるか分かりませんから! ね?」と、お願いをした。
「ええ、何よ、光子郎くん。急にそんなこと言って……。あ、もしかして、あたしにこうされてるのが後ろめたいの!?」
「いや、そういうわけじゃ……」
金切り声を上げたミミに、光子郎がタジタジになっていると。
「よお! ふたりとも!」
いつの間にか太一が、光子郎とミミの隣にいたのだ。
「太一はん!」
「お、モチモンもいたのか。元気か? モチモン」
「ウチはすこぶる元気や! 太一はんも元気そうやな!」
「まあな! 相変わらずサッカーやってるしな」
「(どうか……このまま、ツッコミが入りませんように……)」
「なあ。みんなして何してたんだ? なんか、遠目に見てさ。やたら、もぞもぞしてるみたいだったけど」
太一の指摘に、光子郎はドキッっとした。
「え! いや、な、何でもないですって!」
「あのね、太一さん。今日ね、光子郎くんが手袋とマフラーをお家に忘れて寒そうにしてたから、あたしが光子郎くんの手をあっためてあげてたの!」
「ウチは光子郎はんのマフラー代わりになっとったんやで!」
「ち、ちょっとふたりとも……」
「ふーん、そうだったのか。おまえら相変わらず仲良いんだな〜」
光子郎の心配をよそに、太一は茶化しもせず、ただただ感心していた。
「あっため合い、か……」
「べ、別に。それは……。いや、あの、僕はミミさんの手、冷たくしちゃうからって遠慮したんですけど。言うこと聞かなくて」
「もう、言うこと聞かないってこっちのセリフよ! 光子郎くんは案外強情よね! 素直にあたしの好意を受け取ればいいのに!」
「いや、僕はですね、ミミさんに申し訳ないと思って」
「あたしはね、光子郎くんにしてあげたくてしてるの。わかる?」
「ま、まあ……」
「あたしのせいで冷たくなってる手、あっためてあげたいって思うのは普通でしょ? 違う?」
ヒートアップするミミに、太一が間に入った。
「まあまあ。とにかくミミちゃんは光子郎の左手をあっためてる、って訳だな! ……あれ? という事は。光子郎、こっちの手はお留守だよな?」
太一はおもむろに、光子郎の右手を握った。思わぬ展開に光子郎は驚いた。
「!? た、太一さん!?」
「ひゃー冷てえ! これじゃ辛いだろ?」
「え! いや、そんなことは……ない」
「よし、そんじゃあ。おまえの反対側の手はオレがあっためてやる。いいよな?」
「えっ!? なっ。たっ、太一さん。そんな……いいですって!!」
「なーに、遠慮すんなって! オレたち小学生の時からの仲じゃねぇか」
「た、太一さん、でも……」
「実はさオレも寒いんだ〜。だから、光子郎にくっついてればあったかいかな〜と思って!」
そう言って太一は、光子郎にぴったりとくっついた。
「えっ……」
「あ、あたしも!」
「ウチもや!」
「ええっ!?」
太一に続けと、ミミ、そしてモチモンも光子郎にぴったりくっついた。
「ち、ちょっと……みなさん。僕にくっつき過ぎです! 変な目で見られますって!!」
「大丈夫、別に誰も気にしちゃいねぇさ! それに、おまえだって寒いんだろ? だったら細かいこと気にしねぇでさ、みんなであったまろーぜ! なっ!」
「「さんせーい!」」
はーぁ……光子郎(くん/はん)を独り占め出来なくて嫌だけど。相手が
ミミはんと太一はんなら……
太一さんとモチモンなら……
ミミちゃんとモチモンなら……
『まっ、いいかあ!』
と、それぞれ、このメンバーなら許せてしまうな、と思う三人なのだった。
そして。
「(全く。みなさんは……高校生にもなってこれとは。……でも、すごくあったかいな……)」
なんだかんだ言っても、自分にくっついて来てくれる三人のことが、愛おしく感じてしまう光子郎だった。
(とりあえず、完)