泉父娘のクリスマス - 2/2

いつからだろう。ぼくがサンタクロースを信じなくなったのは。‬

 

ぼくと娘のクリスマスイブ

 

秋も深まり冬の足音が近づいてくると、途端に街中はクリスマスモードになる。
煌びやかな電飾、もみの木、そして子供たちへプレゼントを配るというサンタクロース。
全ての人ではないだろうけど、街ゆく人々はクリスマスという行事を楽しんでいる様子だ。そんな風景を、ぼくはいつも静かに、ぼんやりと眺めていた。
思い返せば、ぼくは幼い頃から割と冷静なタイプだった。だからと言って冷めているつもりは全くなかった。しかしクリスマス、とりわけサンタクロースについては……。
サンタクロース伝説の元になった人物は実在していたようだけど、その物語が多くの人々の心を打ったために、全世界に広がっただけ。そのことを本で読んで知っていたぼくにとって、サンタクロースという存在はそんな程度のものだった。‬

というより。ぼくが幼い頃、サンタクロースのことをどう思っていたかは、実はあまりよく思い出せない。それというのも――
ぼくは小学生になったばかりの頃に、両親と血が繋がっていないことを偶然知ってしまった。そのことで長い間塞ぎ込んでいたから――
いや、ぼくはそもそも、「子供らしい」ことにはさして興味を持っていなかったような気がする。
とにかく、ぼくの出生についての「本当のこと」を知ってしまってから、両親に打ち明けてもらえるまでの3年間。ぼくはその事実に押し潰されそうになりながらも、ひたすら耐えていた。‬
いま考えると、あそこまで塞ぎこまなくてもよかったのにと自分でも思う。けれどあの頃は、自分自身の身の置き方が分からず、――いや、パソコンやインターネットという救いはあったのだが――自分の殻に、狭い世界に閉じ籠りきりになってしまったのだ。‬
そんなぼくが変わったのは、デジタルモンスター、通称・デジモンと呼ばれるデジタルデータの上の生命体、そして彼らが生まれた世界である、ぼくたちの生きている世界のもう1つの世界であるデジタルワールド、それらと出会ったからだ。いや、それだけじゃない。デジタルワールドやぼくたちの世界を救うために冒険し戦った、あの出来事が、経験が、共に旅をした仲間が、ぼくを狭く暗い世界から出してくれたのだとぼくは思っている。‬

あの冒険と戦いの日々から長い年月を経て、ぼくも大人になった。一生をかけたい仕事に就き、そこで愛する人と出会い、結婚し、子供も授かった。‬
一人娘で年齢は7歳。名前は知華(ともか)という。‬
生まれてすぐに両親を交通事故で喪ってしまったぼくは、血の繋がっている家族が、娘が生まれるまでいなかった。育ての両親は、ぼくの本当の父親の遠縁ではあるけれど……ぼくの血を分けた娘。その事実は彼女が生まれる前にぼくが考えていたことより大きなもので。そんなわけだから、ぼくは娘のことが愛おしくて仕方がなかったのだ。だけど、ぼくを大事に育ててくれた両親のことは、血の繋がり以上に大切な家族だと思っている。
さて、話を戻そう。
ぼくがサンタクロースの存在を信じようが信じまいが、クリスマスというものは毎年やってくる。そう、今日はクリスマスイブ。ぼくと娘はふたりで近くのショッピングセンターへ買い物に出かけていた。‬

小さな子供を持つ親にとってクリスマスは一大イベントだ。件のサンタクロースという夢にあふれた存在があるから、世の親御さんはサンタクロースになりきり、子供が喜ぶプレゼント……つまり子供が欲しがっている品を用意するのに躍起になっていることだろう。‬
ぼくの娘も例に漏れず、まだ読んだことのない「絵本」か、伊織くんの娘さんとしている交換日記に使う「新しい日記帳」か「パソコン」が欲しい、と言っていた。ちなみに、ぼくが用意したのは絵本のセット。そして、値段が張るものでなかったから、日記帳と合わせて娘が喜びそうな文房具も用意してしまった。今日の夜遅くに、娘が寝静まったら枕元にこっそり置いておくつもりだ。
サンタクロースからのプレゼント、と無邪気に喜んでくれるだろうか。それとも、サンタの正体がぼくだと気づいているだろうか。
もし、気づいているならば――娘は、ぼくのプレゼントするものならなんでも喜んでくれる。
けれど……パソコンのほうがよかった、と言われてしまったらどうしようかと内心ヒヤヒヤしている。‬
そんなぼくの内心はつゆ知らず、娘は笑顔でウインドウショッピングを楽しんでいる。‬

「パパ、早く〜〜!」‬
「知華、あまり遠くに行かないで」‬

元気いっぱいの娘について行くのに、ぼくは必死になる。研究職のぼくは普段、ほとんど研究室にこもりっぱなしで、これといった運動をしていない。
(運動を兼ねたフィールドワークをもっと増やすべきかもしれないな……)
息を上らせながら考えを巡らせていたとき、ふいに、娘にこんなことを聞かれた。‬

「ねえ。パパはサンタクロースって、いると思う?」‬

いつかは聞かれるかもしれなかったその質問に、ぼくは内心、来たかと思った。‬
「うーん……どうだろう。知華はどう思うんだい?」‬
「わたしは――――いると思います」‬
返事を聞いたぼくは、娘がサンタクロースを信じているらしいことに意外性を感じていた。娘は贔屓目に見てもぼくによく似ていて、外見だけじゃなく、性格や言葉遣いもそっくりなのだ。まあ、言葉遣いに関しては、いつもやっているわけでは無く、あくまでも彼女の気分次第なのだが、どうやら仕事中のぼくの真似をしている、ということらしい。お仕事しているパパはカッコいいからと、屈託のない笑顔で言われ、ぼくは親バカに拍車がかかりそうだった。と、話が逸れてしまったけれど、意固地で理屈っぽいところもぼくそっくりなので、おとぎ話に近いサンタクロースという存在を信じているとは思っていなかったのだ。‬
「どうして、いるって思うんだい?」‬
娘の答えが知りたくなり、ぼくは彼女に質問した。すると。‬
「本で読んだから」‬
あまりにあっさりとしたその答えに、思わず拍子抜けしそうになる。‬
「パパのお仕事みたいに、かがくてきに考えることも、わたし好きです。でも……サンタさんって、夢があっていいなあって」‬
娘は目を輝かせながら話を続けた。‬
「それに、インターネットで調べたら、フィンランドって国ではホントにサンタさんに会えるらしいんです! だから、わたしもいつかサンタさんに会ってみたいなって」‬
娘の「サンタさん」話に耳を傾けていると、顔が緩んでしまうのは親バカのせいだろうか。そんなことを呑気に考えていたとき。‬
「でもね、わたしは……サンタさんより、パパといっしょのほうがいいです」
‬唐突に話題がぼくにシフトチェンジし、ぼくは頭の中が疑問符でいっぱいになった。元祖知りたがりのぼくは、娘に聞き返す。‬
「どうしてだい?」‬
「サンタさんはいつになったら会えるか分からないでしょ? でもパパなら毎日いっしょにいられるから……」‬
そう言って少し俯いた娘の姿を見て、ぼくは胸が熱くなった。‬
「あっ。もちろんママやモチモン、テントモンとも一緒がいいです。みんないっしょがいい……」‬
ぼくは娘の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「パパも知華と一緒だよ。パパもみんな一緒がいちばんだって思うから」‬
ぼくが娘に向かって微笑むと、娘は嬉しそうな顔をして、抱きついてきた。‬
「パパ……だいすき!」‬
「ぼくもだよ、知華」
ぼくは抱きついてきた小さな背中に腕を回し、優しく抱き寄せ、彼女の頭を撫でた。
ふと腕を緩めて、ぼくは娘の顔をしっかり見据えた。
「さ、もうそろそろ家に帰りましょう。ママやみんなが待っているから。クリスマス、楽しまないとね」‬
ぼくにそっくりな娘は笑顔で「はいっ!」と頷いた。‬

ぼくたちはしっかり手を繋いで家路を急ぐ。家では妻がおいしいごちそうを用意してくれているはずだ。お留守番をしているテントモンとモチモン、妻のパートナーのハグルモンは、家中のクリスマスの飾り付けで大わらわだろう。‬
「もうすぐおうちだ!」‬
ぼくたちの家があるマンションの角までやってきた。もうすぐだ。エレベーターに乗って、自宅のある階まで昇る。そして、ようやくたどり着いた家の玄関を開けると……

「おかえりなさーい」‬

温かく出迎えてくれる声。‬
ぼくと娘は思わず顔がほころぶ。‬

「ただいま」‬
ぼくたちは、温かさが漂う家族の輪に入っていった。‬

大切なあなたとともに。‬

Happy Merry Christmas.‬

Fin.

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