恋はジェットコースターのように【800字超えSSシリーズ⑦】 - 3/3

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 観覧車を降りたぼくたちは、パレットタウンを離れ、自宅近くの海浜公園まで足を伸ばしていた。
「もう少し近くに行ってみないか?」
 太一さんのリクエストで、ぼくや太一さんの家や、ぼくの構えるオフィスのあるマンション群を抜けて、海岸沿いにやってきた。
 普段は割と見ているから、それほどのんびり眺めたりはしていないけれど、ある種、雄大なロケーションを醸し出しているレインボーブリッジ。いまは17時半で、あと数時間もすれば、大観覧車のライトアップや、新橋・汐留方面の明かりも相まって、幻想的な夜景を魅せるだろう。
 そんな都会的な景色の中にも、夏を感じるものはあって、例えば、遥か上空に漂う入道雲とか、空の蒼さとか、聞こえてくる蝉のけたたましい鳴き声とか。それが秋に向かうにつれ、雲の流れも、空の蒼さも変化していき、蝉の鳴き声が鈴虫に変わる頃、夏の終わりとともに、ぼくたちの夏休みも終わりを告げるんだ。
「夏休みも、あと残り一週間ですね」
「ああ。これからもっともっと、受験勉強頑張らないとな」
 うしと気合を入れる太一さんを横目に見て、一年前に付き合い始めたと同時に本気で勉強を始めた太一さんのことを思い出した。あの頃はまだ、勉強に慣れていなくてすぐに根を上げていたけれど、人は変われば変わるものなんだなと思ったんだ。
「そういやさ、オレと一緒に勉強やってるから、光子郎は大学受験余裕だろ? しかもおまえの場合あと一年あるわけだしさ」
「そんなことないですよ。現にあのオフィスを、友人の別の知り合いに譲渡しようと思っていて、その準備をしている最中です」
 会社の手伝いはいろいろ勉強になったし、これからも続けたい気持ちはあるのだけど、ぼくはある大学に行って、学びたいことがある。ぼくだって何足も草鞋を履くことはできないんだ。
「そうなのか。ちなみに、いつ手放すんだ?」
「遅くとも、来年の3月までには。春休み中に引き継ぎが終わればいいかなと思っていまして」
 なんだかんだ言っても思い出の詰まったオフィスを手放すのは惜しいとは思う。だけどこれも、次の段階へと進むステップに過ぎないのだ。
「いま8月だろ。えーっと……そっか。あと半年とちょっとか」
「どうしました? 太一さん」
「いや、オレも、半年と少ししたらこの景色……しばらく見納めかもしれないのかって思ってさ」
 その言葉を深読みしたぼくは、小さく息を飲んだ。
 そんなぼくに、太一さんは意味深な笑顔を向けた。
「光子郎は大学、何処目指しているんだ?」
「太一さんこそ、あんなに偏差値を上げて……何処目指しているんです」
 ぼくの質問に、太一さんは胸を張って「京都」と答えた。
「えっ……」
「おまえは?」
「ぼくも京都ですけど……」
 そう答えると、今度は太一さんが「ん……ちょっと待て」と声を漏らした。
「もうあれだ。せーので言おうぜ、せーの」
 太一さんの掛け声の後、ぼくたち双方の口から出たのはなんと、同じ大学名だった。
 太一さんは「えーーー!」と叫び、ぼくも……内心とても驚いていた。
「おまえ、マジで言ってる?」
「それは、ぼくのセリフですよ。京都の、あの大学は……」
 日本屈指の難関大学なのにーーと言いかけて、ぼくは黙り込んだ。目の前に佇む、どこか自信ありげな太一さんの姿を見て、息を飲んだのだ。
「分かってはいるさ。だけどな」
 太一さんは、ぼくを真っ直ぐに見つめた。
「これからもおまえと付き合うなら、釣り合うように努力しなきゃダメだと思ったんだけど。いけないか?」
 胸を張って言うその姿に、思わず見惚れてしまった。
 かっこいい。この人はなんてかっこいいのだろう。
 ずっと昔から、目の前にいる人に恋焦がれてきたのに、更に焦がれてしまいそうだ。
「志望は法学部でしたよね? 目指しているところ、あるんでしょう?」
「ああ。おまえは、空の父さん……武之内教授のとこなんだろ」
「はい」
 空さんのお父さんはぼくの志望する、京都の大学で教授をしている。デジモンは妖怪の一種なのではという興味深い仮説を立てている武之内教授とは、前々から連絡を取り合っていて、共同研究も立ち上げようかという話にもなっているんだ。
「頑張りましょうね、何があっても」
「ああ、そうだな」
 太一さんの目指す先……大学よりも後のことはまだ分からないけれど、ひとまず同じ方向を向いていると分かった以上、立ち止まらないで突き進むだけだ。それをぼくも内心気合を入れ直した。
「落ちないでくださいよね?」
「だけどさ、そしたら……おまえと同じ学年だぞ」
 太一さんの言い分に、ぼくは思わず「それもいいかも」と言いそうになってしまったけれど、
「浪人は大変でしょうから」と返事をした。
「それに、あなたがギリギリまで予備校に行かない代わりに、ぼくが家庭教師になっているんですから。これからもあなたの恋人でいられるように、現役合格を請け負いますよ」
「そっか、そうだよな。悪い。冗談言ってさ」
 太一さんは苦笑を浮かべた。
「それじゃ今日も、勉強します?」
「そうだな。オレも赤本の問題解いててちょっと教えて欲しいところあるし……そうだ」
 何かを閃いたらしい太一さんは、「おまえのオフィス、行ってもいい?」とぼくに聞いてきた。
「来年には行けなくなるなら、一度でも多く行っておきたいし」
 その言い分に、ぼくはクスリと笑った。
「いいですよ。ですが」
「ん?」
「来たなら今日は帰しませんよ」
 すると太一さんは、にいっと笑った。
「そのつもりで言ったんだけどな」
「いい小論文が書けたら、たくさんご褒美をあげますよ」
 実は、太一さんは意外にも小論文が得意だったりする。だからつまり……それは太一さんにとって、難しい課題ではなかったりするのだ。
 ぼくの提案に案の定、太一さんは目を丸くした。
「もう、こんなに貰っているのに?」
「いらないですか?」
「……いや、くれるもんは貰っておくよ」
「頑張ってくださいね」
 ……これはこじつけだ。勉強はちゃんとするけれど、どうしてもーー太一さんと触れ合いたい。ひとつになりたい。彼のことがすぐに恋しく、欲しくなってしまう。
「おまえの望みが叶うように、頑張って小論書くからさ」
「期待してますからね」
「ああ、期待しといてくれ」
 太一さんのその様子だと、ぼくの燻った欲は無事に解消されそうだ。ぼくは太一さんに向かって微笑み返した。
「服と参考書、取りに戻ってもいいか?」
「いいですよ。ぼくも持っていきたいものがありますし、付き合います」
 ぼくと太一さんは、それぞれの家に手早く戻った。玄関まで顔を出してくれた太一さんのおばさんからは、やけに感謝されたけど……ぼくの我が儘で付き合ってもらっているんだ。
 彼を独占したいというぼくの望みが叶って、周りにも感謝されているなら、結果オーライなのかな、とも思う。
「じゃあ、行きましょうか」
「おう」
 ぼくたちは、ぼくのオフィスがあるマンションへと歩いて行った。
 出会いから7年。恋人付き合いを始めてから1年。ジェットコースターのように進む恋路だけど、何があっても、未来もそのまま突き進められたらいいなと、ぼくは思ったのだった。

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