恋はジェットコースターのように【800字超えSSシリーズ⑦】 - 2/3

 受付をしたときに施設利用費を支払ったのだけど、ぼくがまとめて払った。
 そのときに例の作戦……「あとで、精算しましょう」と言って、その場は難なく収めた。
 貸し出し用のシューズに履き替え、案内されたレーンに向かう。するとそこで、思いがけない人たちと遭遇した。
「あれっ、お兄ちゃん、光子郎さん!」
「奇遇ですね、泉先輩♡」
「太一先輩〜! こんにちは〜!」
 ぼくは思わずその場に立ち尽くしてしまった。
「み、京くん……」
「おいおい、なんでヒカリ、大輔たちがここにいるんだ?」
 そう、ヒカリさんや京くんだけじゃなく、大輔くん、一乗寺くん、タケルくんに伊織くん……といったよく見知ったメンバーが勢揃いだったのだ。
 そういえば、この前……京くんがオフィスに来た時に「今度、土曜日に太一さんと出かけるんですか?」って聞いてきて、どうしてそんなことを聞くんです、って聞き返したら「ヒカリちゃんが言ってたんですよお、太一さんが泉先輩と出かけるって」と言われた気がしたな……。
 若干の頭痛と嫌な予感がするけれど、ここは気にしたらキリがないから、ぼくは出来る限りスルーしようと心に決めた。
「おふたりでボウリングデートですか?」
 ああ、絶対確信犯だなというニコニコ顔で京くんが聞いてきた。
「オレな、いま光子郎と勝負してるんだよ」
「え? いや、ぼくは勝負してないですよ」
 太一さんのゲームセンターで悔しがったのはこれだったのかとようやく理解しつつ、即座に否定するけれど、その直後、ヒカリさんに「光子郎さん、頑張ってください!」と言われてしまった。
「ありがとうございます、ヒカリさん」
「おい、ヒカリ。なんで光子郎を応援するんだよ」
 太一さんが不服そうな顔をヒカリさんに向ける。だけどヒカリさんはすぐに言い返した。
「だって、ここでお兄ちゃんを応援したら、身内のえこひいきになっちゃうじゃない」
「う……」
「そりゃ、お兄ちゃんを応援したい気持ちはあるよ? だけど京さんと申し合わせしているから、今日はお兄ちゃんの応援は出来ないの」
「なんだよ、その申し合わせって」
「えっへっへ……それは秘密ですう」
 京くんがそんな反応を見せる時は、大体何かを企んでいる時だ。ぼくはその反応を見なかったことにした。
 すると今度は一乗寺くんが、「僕も光子郎さんの応援していいですか?」と申し出てきた。
 そこへ大輔くんが、「ええっ!」と声を上げた。
「賢、おまえ……太一先輩を応援するんじゃないのかよ」
「まあ、ここは普段お世話になっているし、太一さんはほら……ボウリング上手そうじゃない。だから光子郎さんを応援しようかなって」
 ぼくは一乗寺くんに運動神経が悪いと思われているのだろうか? 過ってしまった考えを頭の奥に押し込んで、一乗寺くんに「ありがとう」とお礼を言った。
「申し訳ないですけど、僕も光子郎さんを応援させてください。お願いします」
 伊織くんは律儀にお辞儀をした。真面目だなあと思いながら「伊織くん、気にしないで」と声をかける。
「なんか光子郎の応援、多くない?」
「人徳の差ですかね」
「オレは、太一先輩のこと応援しますよ!」
「僕も太一さんを応援しますよ、人数的に不利で申し訳ないんですけど」
 大輔くんの頑なな主張とタケルくんも謎の意思表示をしたところで、ぼくと太一さんの謎の勝負は始まった。
「泉先輩、ガンバですー!」
「応援は嬉しいですけど、気が散るのでみんなは自由に遊んでいてください」
「光子郎さん、目が笑ってないね……」
 タケルくんに苦笑いを向けられながら、ぼくたちは自分たちが投げるレーンへと向き合った。
 じゃんけんで投げる順番を決めることになり、ぼくがグーで太一さんはパーを出した。
「っしゃ!」
 小さくガッツポーズを決めた太一さんは迷わず先行を選んだ。
「じゃあ、ぼくは後行ですね」
「おう。光子郎。オレが投げるの、よーく見ておけよ」
 自信満々に言う太一さんに、ぼくは「はい」と返事をした。
 1ゲーム目。
 太一さんは体育会系らしく、力強いフォームでボールをレーンに投げ込んだ。
 すると、そのボールは真っ直ぐ進んでいき、10本中8ピンを投げ飛ばした。
「ああ〜〜! 惜しい!」
「あと2本!」
「まあ、まずまずかな」
 太一さんは見るからに嬉しそうに笑っていた。
 次にぼくの投げる番がやってきた。
 内心どきどきしながらボールを投げる。ぼくが投げたボールが倒したピンの数は6本だった。
「あはは、久しくやってないですからね……」
 ぼくは苦笑しつつも、レーンの観察を密かに始めた。
 事前に調べていたのだけれど、ボウリング場はレーンによって、床に塗られているオイルの量が違うらしい。だから、太一さんの投げるのを観察しつつ、自分が投げる時も注意を払ってレーンの状態を見極めることにした。
「よし、オレの番だな」
 太一さんが投げたボールは、今回7ピン倒した。
 そのあとのぼくは4ピンだった。
 投げ終わったあと、太一さんに、
「もう少し、勢いよく投げたほうがいいんじゃないか?」と言われた。
「加減が難しいんですよね……」
「オレがレクチャーしてやろうか?」
 得意げに言う太一さんに、ぼくは「ぼくのペースでやりますので大丈夫ですよ」と伝えた。
 その後、交互に投げ続け、最初のゲームは終了した。
 10投で太一さんは8、7、9、8、10、6、8、10、7、5、8の86というスコアを出した。一方のぼくは、6、4、7、5、8、6、9、7、5、6の63だった。
 2ゲーム目。
 太一さんは3回ストライクを出し、ぼくも1回出すことが出来た。
 そして、いくつか太一さんの投げる姿を見つめながらぼくは、あることに気が付いた。
(あっ……もしかして)
 それに気付いた後、ぼくは早速、実践してみることにした。すると。
(やっぱり!)
 投げた球筋は、ぼくの思った通りの結果になった。
 このレーンは、ボールがレーンの真ん中付近に行くと、オイルの量がガクッと減るようで、そのせいで急に速度を落として、ボールの球筋が変わってしまうようだ。だから、勢いを保ったまま投げたほうが、そのままの球筋でいく可能性が高く、一発目でストライクも出やすいというわけだ。
 そういうわけで、見つけた攻略法により、このゲームの最後の一投で初めてストライクを決めた。
 ストライクを決めた瞬間、大輔くんたちから「わあ〜〜!」っと歓声が上がった。
「すげえ。光子郎もやれば出来るんじゃん」
「たまたまですよ」
 ボウリングの攻略法も調べていましたと言いづらいから、これもとりあえず、黙ったままにしておくことにした。
 ちなみにこのゲームでのスコアは、先行の太一さんが82、後行のぼくが78だった。
 3ゲーム目。
 このレーンの攻略法を見つけたぼくは、自分で言うのも何だけれど、好投を連発した。
「おお〜〜!」
「光子郎さん、すごい!」
「キャー! さすが泉先輩ですう」
 このゲームでストライクを3本、スペアも1本出し、スコアは87だった。一方の太一さんは、少し調子が落ちてきたのかストライクは0、スペアが1、スコアは74だった。
 4ゲーム目。
 ぼくの好投は最高に達し、ストライクはさっきと同じ3本、スペアを2本出してスコアが89、太一さんはストライク、スペアともに0、スコアは72となった。
 スコアの総計は、太一さんが314、ぼくは317で、この勝負は僅差で、ぼくに軍配が上がった。
「あ〜〜〜! くそっ!」
 この結果を目の当たりにした太一さんは、悔しそうに地団駄を踏んでいた。
 ぼくはふと時計を見る。ボウリング場に入店したのが14時過ぎで、いまは16時。4ゲームが終了したところで2時間が経過していた。
「光子郎、あともう1ゲームだ! 頼む!」
「いや、これ以上やったら腱鞘炎になりますし、嫌ですよ」
「普段、パソコンずっとやってる癖に!」
「それとこれは話が違います!」
 太一さんの言い分にカチンときて、このまま、どんどんヒートアップしそうになったその時。ある冷静なひと声がぼくたちに降りかかった。
「光子郎さん、それに太一さんも。痴話喧嘩は他所でやった方が良いんじゃないですか?」
 タケルくんの笑っているようで笑っていない顔を見て、ぼくと太一さんは顔を引きつらせた。
 ふて腐れる太一さんをなんとかなだめて、ぼくたちはボウリング場を後にした。
 京くんたちも別の場所に移動するらしく、ぼくと太一さんの後をついてきたのだけれど。
「で、泉先輩と太一さんは……このあとどうされるんですう?」
 怪しい笑みを浮かべる京くんにぼくは、嫌な予感しか過ぎらなかった。
 その時、太一さんがぼくの耳元に小さく耳打ちしてきた。
「光子郎、あれ絶対付き纏われるぞ。どうする」
「そんなの決まっています。逃げましょう!」
 次の瞬間、ぼくたちは全速力で、走り出した。
「あっ、ちょっと先輩、太一さん!」
 追ってくる気配はしたけれど、人の出が多い休日が幸いして、うまい具合に人混みに紛れて、彼らのことを、なんとか振り切ることが出来た。
 ぼくと太一さんはそのまま、施設内を行ったりきたりしていたのだけど、ふと気が付くとパレットタウンの大観覧車のすぐそばだった。
 少し息も切れていたぼくは、太一さんに提案をした。
「観覧車、乗りませんか?」

     *

 大観覧車の券売機で、乗車券を2人分まとめて買うと、ぼくたちは案内されたゴンドラに乗り込んで、向かい合わせに座った。
「ようやくふたりきりだな」
 ゆっくりと上昇していくゴンドラの中で、太一さんはどこかほっとした顔をしていた。
 さっきまでいた、ボウリング場のあったレジャー施設の一角にカラオケはあったけれど、それ以外ではここは数少ない貴重な密室だ。
「そうだ。おまえに払ってもらってたやつ、精算したいんだけど」
 きた。そこでぼくは、「ぼくが出した分は出さなくていいです、奢らせてください」と言った。
「えっ、でも結構な額しているじゃん」
「ぼく、こう見えても収入ありますから。普段太一さん頑張ってますし……ご褒美ってことにしておいてください」
 太一さんに向かって笑いかけると、彼は少し困惑気味に「でもなあ……」と言って黙ってしまった。
 ふとゴンドラの外へ目を向けると、夏場とは言えど、外はだいぶ暮れなずんでいた。その景色を眺めながらぼくは、今日一日の出来事を反芻する。
 その最中、太一さんが再び口を開いた。
「いろいろあったけどさ……今日は楽しかったよ」
「ぼくも楽しかったです」
「まあ、だけどな、光子郎」
 そこで言葉を区切った太一さんの顔を、ぼくは見つめた。
「少しやりすぎだ。オレも一応年上なんだからさ、立ててもらえると嬉しいんだけど」
 ぼくのやろうとしていたことを、すべてお見通しとばかりに苦笑混じりで太一さんは言った。
「す、すみません。太一さんに喜んでもらいたくて、つい……先走ってしまって」
 さすがにやり過ぎたかと反省していると、太一さんは慌てて、
「いいや、おまえの気持ちは嬉しいよ。ありがとな」と言ってくれた。
「ま、光子郎がどうしても、って言うなら、今回は奢られてやるよ」
 ぼくの顔を見つめながら、太一さんはニッと笑ってくれた。
「あの、そんな中、ちょっと言い出しにくいんですけど……」
 ぼくは用意していた小箱を太一さんに差し出した。
 受け取った太一さんは、早速その箱を開けて、中身を見た。
「ペアリングじゃん! これ、どうしたんだ?」
「太一さんとその……お揃いで……はめたくて……用意したんです」
 ぼくが消え入りそうな声で言うと、太一さんは両の手で顔を覆った。
「そこまで……くう……光子郎〜〜〜っ、おまえ……ずりぃぞ」
 少しの間悶絶していた太一さんは、ふうと大きな息を吐き出すと、左手を差し出した。
「くれるんだろ? おまえがはめてくれ」
 太一さんの左手を取ると、ぼくは薬指にリングを通した。
「光子郎も左手出して。はめてやるから」
 言われるまま、ぼくは太一さんに左手を差し出した。もうひとつのリングをぼくの左手薬指に通してくれた。
「結婚式みたいだな」
 太一さんに言われて、ぼくは照れ臭くなってしまった。
「よそ見はしないから、安心しろよ」
「〜〜っ、太一さん」
 思いが溢れ出したぼくは、ゴンドラの中心で太一さんのことを抱き寄せた。
「わわっ、こうしろ、ゴンドラ揺れるし傾くから、危ねえぞ」
「す、すみません……」
 ぼくは慌てて、向かいの席に座り直した。
「ま、あとでいくらでも、抱きしめさせてやるから。……あ」
「どうしました、太一さん」
「オレの隣に座れよ、そしたらゴンドラも揺れないし。なんなら、キスもしたっていいんだぜ?」
「いいんですか、しても……」
「するなら早くしろ。あともう少しでゴンドラ、地上に着いちまうぞ」
 ぼくは太一さんに言われるがまま、サッと移動して、隣に座った。そして太一さんをそっと抱き寄せた後、時間の許す限り、口づけを交わし合った。

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