あの日から、光子郎の中で、習慣になっていることがある。
リビングの隅に置かれた、小さな、可愛らしい折りたたみ式のテーブル。そこには、綺麗なテーブルクロスが敷かれ、位牌と遺影代わりの写真立てとお供え物、その横には、銀色の指輪とろうそく、線香を立てる砂が置かれていた。
写真立てには、優しい微笑みを浮かべる、若い女性の写真。
光子郎はその遺影の前に座り、目を閉じ、手を合わせる。
それが、彼の日々の習慣だ。
そこへ、共に暮らしている家族が、やや慌てた様子で顔を出した。だが、光子郎の様子を見て、静かに近付いた。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
「邪魔して悪い。隣、いいか?」
はい、と光子郎が頷くと、隣に座った家族は、光子郎がしていたように、遺影に向かって手を合わせた。合わせた手を解くと、小さく「うし」とつぶやいた。
「ところで、朝飯は?」
「まだです」
「了解。オレ、作るよ」
互いに、いつもより寝坊したのは承知だった。だから、家族は有無を言わさずキッチンへ向かう。すると、光子郎は慌てて静止しようとした。
「あ、ぼくやりますよ」
「おまえは先に出かけるんだから、支度しとけ」
そう、今日は誰よりも早く出かける日なのであった。
光子郎はおとなしく、家族の厚意に甘えることにした。
寝間着のまま、手際よく朝食を作る家族を横目にして着替え、出かける準備をしていると、眠そうに目をこすりながら、ふたりの子供がやって来た。
光子郎を目にするなり、嬉しそうにして「パパ! おはよう」と声を上げた。
「おはよう」
彼の愛娘と、同居人の愛息は笑顔で彼に飛びついた。
「おい、知華、勇樹。パパは父さんたちより先に出かけるんだから邪魔しちゃダメだぞ」
「別にいいですよ、このくらい。ね?」
「うんっ!」
ふたりの子供たちは、この優しい父親のことが大好きだ。
「まったく……ま、いいのか」
少し呆れながらも、家族は子供たちの分の食事を作りながら、3人の様子を遠巻きに見守った。子供たちは、光子郎がしていたように小さな仏壇代わりの場所に行き、手を合わせていた。
光子郎は朝食を済ませると、歯を磨き、ネクタイを締め、普段用のスーツに身を包み、通勤用のリュックを持ち、玄関まで出た。
「じゃあ、気をつけてな。光子郎」
振り返ると、寝巻きだった家族はすっかり身支度を整えていた。そんな彼に、光子郎は微笑んだ。
「はい、太一さん。また後で」
「パパ、いってらっしゃい!」
「行ってきます」
光子郎は子供たちに手を振る。そして、家族みんなに見送られながら、光子郎は家を出た。
そんな、2027年の春のこと。
2027年春〜ぼくらの歩む日々〜【シリーズ本編】 - 2/3
0