君と僕の距離 - 6/21

「はあっ、はあっ……」
 太刀川さんを図書室に残し、図書室からずいぶん離れた階段に座り込んだ僕は、荒くなった息を整えていた。
(どうしよう……どうしよう)
 僕はいま、とても混乱していた。
(太刀川さんと接すると……どうして、ああなってしまうのだろう)
 本当は、謝らなきゃいけないのに。
 謝らなきゃいけないのは、分かっているのに。
 僕は、どうしたらいいか分からず、必死に湧き上がる感情を抑えようとしていた。
(お父さんと、お母さんには……なんとしても、気づかれないようにしなきゃ。
 だって、ボクは。お父さんとお母さんに、心配をかけちゃ……いけないから。『いい子』でいなくちゃ……いけないから。
 ボクは、ボクの知らない、どこかから、もらわれてきたんだ。
 お父さんとお母さんは……ボクの本当の、お父さんとお母さんじゃない。
 だから、迷惑を……かけちゃ、困らせちゃ……いけないんだ)
 張り裂けそうな心を、僕は必死に落ち着かせようとしていた。

 あれから時間が過ぎ、僕は両親のいる教室のほうへ戻っていった。すると、まだ先生と話しているらしく、両親の姿は見えなかった。
(まだ、終わってなかったんだ。でも、よかった。気持ちを落ち着かせる時間があって)
 僕は教室近くの壁にもたれかかって、ため息をついた。
(先生と、どんな話、したんだろう。でも、きっと、あのことなんだろうな。だってボクは)
 そこまで考えた時、僕は首を横に振った。
(あっ、いけない……考えたら。いま考えたら泣きそうだ。絶対に泣いてはいけない。ボクが泣いてたら、きっと心配するから。これも、全部太刀川さんのせいだ)
 うつむいた僕は、ふと心配になり、あたりを見回した。
(太刀川さんは……いない。よかった。帰ったのかな)
 すると、教室のドアがガラガラっと開き、お父さんとお母さんが出てきた。
「ちょうど良かった。いま、先生との面談が終わったところなんだ。一緒に帰ろう」
 お父さんは優しい微笑みを僕に見せてくれた。
「は、はいっ!」
 僕は、いまできる精いっぱいの笑顔を、両親にみせた。
 学校からの帰り道。僕はお父さんからこんな話をされた。
「お父さんとお母さんは、いつだっておまえの味方だ。だけど、もし自分のしたことに思い当たることがあるなら、ちゃんと謝ったほうがいい」
 お父さんの声はいつものように落ち着いていて、怒った様子はなかった。だけど。
「はい……」
 思い当たる節がありまくりの僕には、重く響く言葉だった。
「今日のお夕飯は、あなたの好きなもの作ってあげるわ。何が食べたい?」
「ぼ、ボクは、お母さんの作ってくれるものなら、なんでも大丈夫です」
 僕はお父さんとお母さんの温かい手に繋がれて、親子三人で家路に着いたのだった。

 両親と一緒に帰ったあの日以降、僕は日に日に、太刀川さんに対する罪悪感に苛まれていた。
 自分の中に余裕がなかったとはいえ、僕に興味を持ち、何故か気にかけてくれていたらしい、
太刀川さんに対する仕打ちは、恩を仇で返すようなものだった。
(なんとかしなきゃ。なんとかして、太刀川さんに謝らないと)
 僕は彼女に謝るタイミングを必死に模索していた。
しかし、そうやって焦れば焦るほど、僕は言い出せなくなってしまった。
「……」
「……」
 あの日から、どこかずっと、気まずい僕ら。
 そんな中、クラスメイトは憶測で何かコソコソ話していた。
「あれから、ミミも泉くんも、お互いのことずっと無視してるよね?」
「どうしたんだろう?」
(ボクたちのこと、何にも知らないくせに)
 自分の席でこっそり、チラチラと周りを伺いながら、僕は内心毒づいていた。
「ミミちゃん、最近、元気ないけど……」
「もしかして、泉のことを気にしてるのか?」
「…………」
 太刀川さんは何も答えないけれど、周りの男子が、無言は同意と解釈したのか、よし分かったと言って、僕のほうに近づいてきた。
「おい! 泉!」
「……なんですか」
「おまえ、この前、ミミちゃんにひどいこと言ってただろ!」
「ミミちゃんがかわいそう!」
「そうだ! そうだ!」
「あやまらないなんて、サイテーだぞ!」
 クラスメイトの非難に僕は、言い返すことなど出来なかった。だって、その通りだと思っていたから。
 何も言えない僕はうつむいて、周りの非難や視線を必死に耐えていた。
 けれど、それも限界に近づいた、その時。
「もうやめて!!」
 自分の席で、うつむいて座っていた太刀川さんが、スッと立ち上がり、そう叫んだのだ。
「……ミミ?」
「泉くんのこと、そういうふうに言うのはもうやめて」
「……ミミちゃん? 何言って」
 唖然としているクラスメイトをよそに、太刀川さんは啖呵を切った。
「泉くんはね、みんなの知らないところで、たくさんつらい思いしてるのよ!
 そんな泉くんのことも知らないで! あたし、もう……みんなのことなんか、大キライ!」
 そう言い放った太刀川さんは、クラスの友達の止める声も聞かず、何処かへ走り去っていった。 
「たちかわ……さん……?」
 僕は何が起きたのか分からず、そして、彼女の発した言葉の意味を飲み込めず、その場で呆然としていた。しかし――
「…………!」
 突如僕の中に、太刀川さんを追いかけなければという気持ちが、猛烈に湧き上がってきた。
 次の瞬間。
「あ、おい、泉! どこいくんだよ!」
 クラスメイトの制止の声を無視して、僕は太刀川さんを追いかけるため、教室から走り出していった。

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