そんなある日、僕が学校から帰ってくると、お母さんがちょうど電話を終えて受話器を置くところだった。
「あら、おかえりなさい」
「……ただいま」
あの日から身についてしまった、「いい子」の笑顔で僕は返事をした。
「さっきね、担任の先生からお電話があったの。明日の放課後、話したいことがあるから、学校に来てほしいって」
それを聞いた瞬間、僕は頭が真っ白になった。
(どうしよう……)
きっと、太刀川さんとのことだろうと、僕にはすぐ分かった。
先生から、お父さんにも来てほしいと言われたらしく、お母さんは慌ててお父さんの働いている会社に電話を掛けて、お父さんと連絡を取った。
お父さんが帰って来てからも、僕はなんだかずっと気まずかった。
(これまで、迷惑を掛けないように頑張ってきたのに……)
僕は、重い気持ちのまま、明日に備えて眠ったのだった。
次の日の放課後。
僕は学校にやって来た両親とともに、先生と面談をした。
学校での様子や、世間話など、何気ないやりとりを5分ほどした後、本題に入った。
「それでね、クラスのみんなが、泉くんが太刀川さんのことをいじめたって言うんだけど」
先生の問いに、僕はすぐに、
「ボクは、そんなことしてません! みんなが勘違いをしているんだと思います」と主張した。
「そうなの?」
太刀川さんにつらく当たってしまったのは事実だけれど、改まって問われると自信が無くなってくる。先生に聞かれた僕は、黙ってうつむいてしまった。
永遠のように感じた気まずい時間は15分ほどで終わり、両親と先生だけで話すことになった。
「じゃあ、これから、先生と話すことがあるから。どこか、別の場所で待っていてもらえるかい?」
お父さんの落ち着いた声に、僕は笑顔で答えた。
「はいっ! あ、それじゃあ……ボクは図書室に行って、本を読んで待っています! 読みたい本がたくさんあるから、時間かかっても大丈夫です! ボクは待ってますから」
「分かったわ。待っててね」
「はい! じゃあ先生、また来ます」
僕は教室に踵を返し、図書室に向かって歩いていった。
*
図書室についた僕は、本を選び、ランドセルを置いてから椅子に座り、ため息をついた。
(ボクは……どうすればいいのだろう)
僕は必要以上に、太刀川さんに追い回されていた。いま思うとあれは、ストーカーのようなもので、彼女に悪意がないから余計にタチの悪いものだった。
そういう正当な理由があったから、謝ってほしいのはむしろ僕のほうだった。だけど、ここまで拗らせてしまったのは、あのとき感情的に怒鳴ってしまった僕のせいだと思っていた。
(ボクが太刀川さんに謝れば、すぐに解決するのかもしれない。だけど……)
この時の僕は、心が揺らいでいた。ところがその時。
太刀川さんが息を切らして、図書室に現れたのだ。
「泉くん! あのね……あたし、泉くんにどうしても聞きたいことが」
気持ちの整理がつき終わらないうちに、彼女と遭遇してしまった。そんな彼女に対して、僕は絶望に似た気持ちを抱いていた。
「また、君ですか。もう、ボクのことを追い回すのはやめてください、って前に言いましたよね? 忘れたんですか? ボクは君に追い回されて、うんざりしているんです!」
一度言い始めたら、もう止まらなくなってしまった。
「もうボクには近寄らないでください! 君が近くにいると落ち着かないんです!」
一瞬だけ見た太刀川さんは、これまでと違う、どこか悲しそうな顔をしていた。でも、溢れ出す気持ちを僕は抑えられなかった。
「そもそもボクは、ひとりでいるのが好きなんだ。……誰もいないところに行きたい」
「どうして?」
「ボクは、みんなとは違うから。みんなと同じじゃないから。だから、ボクの本当の気持ちなんて。本当のボクのことなんか、ぜったいに誰にも分かってもらえないんだ」
太刀川さんの様子は気にせず、僕は必死に思いを吐露し続けていた。
「誰にも分かってもらえないなら。ボクは、ひとりでいたい。ひとりで、静かに……過ごしたい」
「泉くん……でも」
遮って何かを言おうとした彼女に向かって僕は、キッと目線を向け、そして、叫んだ。
「ボクは! ひとりになりたいんだ!!」
太刀川さんに言い放った後、僕は彼女のことはおかまいなしに、その場から走り去った。