太刀川さんとの話をする前に、どうしても話しておきたいことがある。これは、これからする話に大きく関わってくる事柄だからだ。
僕の過去、そして僕自身を語る上で外すことが出来ないのは、僕の出生にまつわる秘密のこと。
僕は、お父さんとお母さんと血が繋がっていない。つまり、僕はふたりの養子に当たる。
僕は生まれて間もない頃に、本当の両親を喪っている。仕事の出張先で交通事故に遭い、ふたりとも帰らぬ人になってしまったのだ。そして、現在の両親に引き取られて、いまの僕がある。
今でこそ、だいぶ落ち着いたというか、現在の両親が、僕のお父さん、お母さんだって自信を持って言うことが出来るけど、かつての僕は、そのことで大いに悩み、人知れず苦しんでいた。
それには、両親が打ち明けてくれるはるか前に、僕が思わぬ形で事実を知ってしまったからだったのだ――
*
のちに知った、爆弾テロ事件として片付けられたデジモン事件の影響で、光が丘からお台場に引っ越して1年が過ぎた頃。
僕は夜遅くにトイレに行きたくなって目が覚め、用を足した後、自分の部屋に戻ろうとした。
自分の部屋の前まで来た時、向かいの部屋のドアから明かりが漏れていることに気がついた。
僕は何気なく、そっと覗いてみる。隙間の向こうには、お父さんとお母さんがソファーに座って何かを話していた。
僕は無性に気になって、そっと耳をすました。
すると、聞こえてきたのは思いもよらないことだった。
ここからは、僕の記憶だから、細かいところは間違っているかもしれない。
そのことを事前にお断りしておく。
「いつになったら、あの子に本当のことを話すの?」
(あの子、ってボクのこと? ほんとうのこと、ってなんだろう)
僕はお母さんの言葉を、不思議に思いながら聞いていた。
「もう少し待とう。今はまだ、光子郎に話すべきじゃない」
「でもきっと、あの子、気付いているんじゃ……私たちの本当の子供じゃない……養子だってこと」
そこから先の両親の会話を、僕はよく覚えていない。
思わぬ事実を知ってしまったショックは計り知れず、僕はやっとの思いでその場から離れ、自分の部屋に戻ることで精一杯だったのだ。
ベッドに潜り込んだ僕は、眠ればきっと忘れられるからと、思った。だけど。
(ボクがほんとうの子供じゃないって、どういうこと? それじゃあ、あの人たちは、誰なの? そもそもボクは……いったい、誰?)
ぐるぐると考えているうちに、結局僕は、一晩中眠ることが出来なかったのだ。
その日を境に、僕は両親とどう接したらいいのか分からなくなり、他人行儀になっていった。
今では特技のひとつであるパソコンにハマったのもこの時期で、辛い現実から逃避するようになった。そうやって、本当の自分を隠し始めたのだ。
本当の自分を隠そうとすればするほど、他人との接しかたが分からなくなって、人付き合いがますます苦手になっていき、自分の殻に閉じこもるようになった。
それでも、心配をかけてしまうのだけは嫌だったから、両親の前では明るく振る舞ったり、迷惑を掛けない「いい子」でいようとしたり、勉強を頑張ったりしていた。
ここまで頑なだったのには理由があって、お父さんとお母さんに本当の自分を見せてしまったら、嫌われてしまうのではないかと考えていたからだ。もしかしたら何らかの理由で実の両親に捨てられたかもしれない可能性もあるわけだし。もし、その理由が、嫌われた、のだとしたら。お父さんとお母さんに嫌われてしまったら、と思うと。嫌われないように本当の自分を隠す以外の選択肢は、そのときの僕にはなかった。
両親との関係に悩み、一番ふさぎ込んでいた小学3年生の時。僕は、学校の自分のクラスの中で、浮いた存在だった。登校後、授業と給食以外の時間はひたすら本に没頭し、休み時間も誰かと一緒に過ごすことはしなかった。
ひとりでいること。それは自分が望んだことだった。しかし、いま振り返ると、それを本当には望んでいなかったのかもしれない。だけど、どう対処したらいいのかが、その時の僕には解らなかった。だからこそ、考える時間を作るためにも、ひとりでいたかったのだ。
他人と関わらない日常は、孤独だけど、とても静かで落ち着いていて。どこか、冷めた日常だった。でもそれは、僕が望んでしていることだから、と、それを変えようとは微塵も思わなかった。
僕はその静かな日常が、ずっと続くと思っていた。
そう、ある日。ひとりの少女が僕に声を掛けてくるまでは――
「……ねえ。……ねえ! ……ねえってば! ……い・ず・み・く・ん!」
その声に驚いて、僕は読んでいた本から顔を上げる。するとそこには、クラスで一番の人気者、太刀川さんが立っていた。そんな立場の人から突然話しかけられて、僕は何が起こったのか分からず、口を噤んでいた。すると。
「泉くんって、どうしてそんなに頭がいいの?」と彼女に質問された。
「え……?」
「いっつもテストが返されるとき、全部100点じゃない! だから何か、ヒミツがあるんじゃないかって!」
いまでこそ、自覚している知識という個性。それを知るのは随分先の話だけど、自分がなんでも知りたいと思う「知りたがりな性格」なことは、自分でも分かっていた。けれど、それが学校の成績とも結びついていることに、僕は気づいていなかった。
「授業をちゃんと聞いていれば、普通に出来ると思うんですけど」
なんとか落ち着きを取り戻した僕は、彼女に対してそう返事をした。
「ええ! 絶対なにかあるでしょ? 教えてよ~!」
「ええ……」
困った僕は彼女から目を逸らそうとした。すると、後方にいるクラスメイトの女の子たちの会話が耳に入ってきた。
「ねえねえ、ミミってば、本当に泉くんに話しかけてるわよ」
「もしかして、好きなのかな?」
「まっさかー!」
会話の内容にため息を吐きつつ、僕は目の前の人物に対して、どうやり過ごすか考えていた。
「ケチ! 教えてくれたっていいじゃない!」
「ケチって言われても……知りませんよ、そんなこと。それに、太刀川さん。少しは自分で考える、ってこと出来ないんですか?」
「自分で考えるって何を考えるのよう!」
「(ダメだ、この人。ボクの話が通じない。無視するか……)」
僕が黙ってそんなふうに考えていると。
「ねえ、無視しないでよ! 泉くん!」
僕の心の声が聞こえていたのか、金切り声で言われ、僕は、
「太刀川さん、あの……。少し、静かにしてもらえませんか? ボク、本読んでる途中なんですけど」
と、彼女に苦言を呈した。
「それに本を読めば、答えが載っています。太刀川さん、少しは自分の頭で考えたらどうですか?」
僕的には会心の一言だった。
「泉くん、ひっどーい!」
太刀川さんはそう言い残し、クラスメイトの友達のところへ戻っていった。
その日はそのまま、僕に話しかけてこなかった。
太刀川さんがあれで引き下がってくれるとは正直、思っていなかった。だけど、なんとか彼女を追い払えて僕は、変な汗をかきながらも安堵していた。
……のだが。
次の日、太刀川さんは再び僕のところへ来て、しつこく色んなことを聞いてきた。
それは次の日も、そのまた次の日も続き、僕は困惑していた。
これまで静かだった僕の日常は、彼女によって騒々しい日常になっていった。
最初は、それなりに彼女の話を聞いたり、そこそこ質問に答えたりもしていたけれど、追い回される毎日に、段々嫌気がさしていた。
そのうち、僕の我慢も限界を超え、ついに……。
「ねえ、泉くんってば、」
「うるさい!」
気がついたら僕は、彼女に対して怒鳴ってしまったのだ。
「いずみ……くん?」
言われた太刀川さんは呆然としていた。そりゃあそうだろう。今まで普通に話していた相手から、いきなり怒鳴られてしまったのだから。だけど僕の我慢は、限界をとうに超えていた。
「太刀川さん。ボクに付きまとって、楽しいですか? ボクは全然楽しくない。むしろ、とても迷惑です」
「おい、泉。そんな言いかた、ないんじゃないか!」
間に入ったクラスメイトの男子の言葉に耳を貸さず、僕は彼女へ話し続けた。
「これから、ボクにつきまとうのは絶対にやめてください。もうボクは黙っちゃいません。ボクの視界に入らないでください。本当に迷惑なので。次からは、絶対に許しません」
ハッキリと言い放った言葉に、太刀川さんはたちまち顔を歪ませた。そして。
「泉くんのいじわる! 泉くんなんか、だいっきらい!!」
そう叫んだ太刀川さんは、大声で泣き始めた。
「ミミ、だいじょうぶ?」
「泉くんがあんなこと言うなんて、信じられない!」
「あいつサイテーだな!」
「先生に言いつけてやる!」
明らかに僕を敵視するクラスメイトたち。
僕はその場にいられなくなって、急いで立ち去った。
いま考えると、クラス一の人気者に対して、とんでもないことをしたのだな、と身震いがする。
だけど、当時の僕にはそうするしか、彼女のつきまといを回避することはできないと思ったのだ。
そして次の日から僕は、クラスメイトに無視され始めた。
僕は自分の行為によって、居心地の悪かった自分のクラスを、もっと居心地の悪い場所にしてしまった。
しかし、僕はそのことに対して、そこまで気にも留めなかった。だって、ひとりぼっちだったのは、これまでだって、そうだったのだから。