君と僕の距離 - 3/21

Side:Koshiro

 デジモンカイザーの脅威が去ってから一ヶ月が過ぎた、2002年9月のある日。
 僕、泉光子郎は母校であるお台場小学校のパソコンルームでいつものように作業をしていた。ここのところ、新たな敵と見られる謎のデジモン・アルケニモンとマミーモンの動きが気になって注視している。ついこの間なんかは、奴らの仕業なのか、カイザーの要塞だった残骸が、暗黒エネルギーの流れ込みによって危うく、大爆発する寸前だった。しかし、駆けつけてくれた本宮大輔くんたちと、一乗寺賢くんのおかげで間一髪、爆発を止めることに成功した。この時に、アルケニモンという一見すると人間の大人の女性にしか見えないデジモンが初めて姿を現したのだけど……
(大輔くんたち曰く、彼女の正体は蜘蛛のような姿をしたデジモンであり、一乗寺くんは既に一度邂逅していたらしい)。今後、どうなるかは僕にも、全く予想がつかない。
 アルケニモンはダークタワーを自在に操ることができ、彼女の髪の毛をダークタワーに向かって突き刺すことにより、強大な力を持つデジモンの姿へと変化させる能力を持つ。そのうち、彼女がとんでもない代物を生み出してしまいそうで心配だ。けれど、今の僕に出来ることは、これまで以上に大輔くんたちのサポートに徹すること。それに尽きると思う。頑張らなければと、ひとり静かに僕は気合いを入れ直す。
 するとそこへ、パソコン上に開いていたデジタルゲートの向こう側から連絡が入った。応答すると、デジタルワールド側のゲートの出入口であるテレビから、僕のパートナーであるテントモンが顔を覗かせた。
「光子郎はん。作業は順調でっか?」
 テントモンはいつも僕のことを一番に気にかけてくれる。 そのことを嬉しく思いつつ、
「まあ、ぼちぼちかな」と返した。
「そっちはどうだい?」
「大輔はんらが頑張っとりますわ。せやけど、一乗寺はんと今ひとつ、打ち解けられてへんと言いますか……」
 テントモンの言葉に僕はやっぱりな、と思った。
 一乗寺くんは、ほんの少し前まで僕たちの敵、デジモンカイザーとしてデジタルワールドを支配しようとしていた少年だった。しかし、改心したのちに彼に直接会って話した印象は、穏やかで礼儀正しく、責任感の強い人、というものだった。
 そんな一乗寺くんのことを大輔くんは、仲間として引き入れようと努力しているらしい。これは京くんからの情報で、僕は密かに感心していたのだ。だけど、みんなと打ち解けられるまでにはまだまだ遠いようだ。
「大輔くんはともかくとして、 他のみんなが一乗寺くんと、もっとちゃんと話すことが出来たら、彼のことをもっと知ろうとしたなら、彼のこれまでの行動を、もっと冷静に受け止めることができるかもしれないけどね」
 画面の向こうにいるテントモンは、「そうでんな」と相槌を打った。
「せやけど、みなはん全員が、光子郎はんのように考えられるわけではおまへんし。正直、
ワテもなかなか……難しいと言いますか」
 テントモンの言うことはもっともだと、僕は思った。
「そうですね。彼らが本当の仲間になるまでは、まだまだ時間が必要だと思いますよ」
 一度してしまったことを取り返すことは出来ない。失ってしまったものを取り戻すまでは、どうしても時間が掛かってしまうものだ。
 僕は、今起きているデジタルワールドの問題を、大輔くんたちよりは離れた場所で向き合っている。だからこそ、一乗寺くんとも冷静に向き合えるのかもしれないけど……これについても、僕が直接介入すべきことではないと思う。しかしみんな、デジモンという共通項を持つ、大切な仲間であることには変わりない。サポートは続けつつも、彼らの今後は、ずっと見守っていくつもりだ。
「ともかく。ワテも、力になれることがあれば、頑張りますわ」
 心強いパートナーの言葉に、僕は自然と笑みがこぼれた。
「ありがとう、テントモン」
 僕がお礼を言うと、一見、表情が分かりにくい彼も、嬉しそうにしていた。
 照れ隠しをするように、テントモンは僕に質問を投げかけてきた。
「そういや、光子郎はん。お父はんやお母はんとは、うまくやっとります?」
 テントモンは3年前の夏の日に、僕の家の事情を知って以来、時々こんな風に聞いてくる。
「うん、うまくやれてるよ」
「そうでっか、良かったですわ」
 テントモンは安心したようなため息をついた。
「昨日もね、ちょっと訳あって、お母さんと昔の写真を探して見ていたんだ。4年前の……」
 そこまで言うと、テントモンは前のめりになって、
「え! 4年前って、ワテと出会う前の光子郎はんでっか!?」
 と聞いてきた。
「そうだよ」と、返事をすると、画面の向こうの彼は「見たい、見たい」とせがんできた。
 僕は、
「そんな、見ても面白いものではないよ。出会った頃と身長、そんなに変わらないし」と言った。
 けれど彼は、それでも見たいと何度も主張した。
「……分かりました。そんなに言うなら」
 そんな彼に僕は折れて、彼の頼みを聞くことにした。
「ちなみにさっきの、ちょっと訳あり、と言うんは……どういった理由ですの?」
「えっ」
 細かいところを突かれて、僕は思わずしどろもどろになる。そんな僕を見たテントモンは、
「ああ、別に光子郎はんが言いたくないのなら、言わんでええで」と言った。
「いや、そこまで大した理由では、ないんですけど」
 そう前置きした僕は、とある人に頼まれた、探し物の写真についてテントモンに話した。
「……と、いうわけなんです」
「なるほど。光子郎はんも大変でんなあ」
「ありがとう、テントモン。同情してくれるのは君ぐらいです」
 一通り事情を説明し終えた僕は、思い出しながらため息をついた。
「でも、それならそうと、素直に言えばええのに。ワテ、たとえ誰に聞かれても『ミミはんから頼まれた』とは言いまへんで?」
 しれっと言ったテントモンに、僕は顔を引きつらせた。
「今、言いましたよね……」
「え。今のはノーカウントやで」
 真顔でおどけるテントモンに僕は苦笑いをこぼした。
 僕がテントモンに話した、昨日の顛末。それは――

 昨日、夕食後に自分の部屋で作業をしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「光子郎、いま大丈夫?」
 その声はお母さんだった。
「あ、はい。大丈夫です」と返事をすると、ガチャリとドアが開き、お母さんが顔をのぞかせた。「あのね、今さっきの電話なのだけど」
 お母さんのその一言で、そういえば家の電話が鳴っていたなと思い出す。
「アメリカの太刀川さんからなのよ」
「へえ~、ミミさんからですか……って、えっ? ミミさんからですか!?」
 一度言葉を飲み込みかけた僕は、思わず聞き返した。ミミさんは現在、アメリカはニューヨーク在住で、国際電話はお金がかかるから、と言って、滅多にかけてはこないはずだった。
「もし今、忙しいなら、あとでかけ直すと伝えるわ」
「わー! 今出ます!」
 あとからだと、ミミさんに何を言われるか分からない。僕は慌てて受話器のところへかけて行った。
「もしもし、お待たせしま……」
『もうっ、光子郎くん! いつまであたしを待たせるのよ!』
 開口一番、ミミさんは金切り声を上げた。その声に懐かしさを覚えつつも、僕は、
「すみません、遅くなって」と謝った。
『滅多にかけない国際電話なんだから! もっと気を使ってよ!』
「本当にすみません。でも、国際電話をかけてくるなんて、珍しいじゃないですか。何かあったんです?」
 僕が質問すると、ミミさんは、
『急ぎで頼みたいことがあるからなの!』と答えた。
『あたしと光子郎くんの昔の写真。小学3年生の時の写真がどうしても見たくって……』
 3年生の時の、というワードに内心どきりとしたけれど、ここは平静を装う。
「その頃の写真なら、ミミさんお持ちじゃないんですか?」
 すると、ミミさんは。
『引っ越しの時に、ちゃんと持ってきたはずなのに、どうしても見つからなくて。今度、帰国する時に見たいから、探しておいてほしいの!』
 ここまでして頼んでくるということは、それほど見たいからなのだろう。
 僕は彼女の頼みごとを受けることにした。
「分かりました。昔の写真は多分、お母さんがしまっていると思うので、探してみます」
『ほんと!? ありがとう、光子郎くんっ!』
 電話の向こうの声はとても嬉しそうだった。僕も思わず笑みがこぼれる。
「それで、いつまでに探せばいいですか?」
 何の気なしに僕は聞いた。すると返ってきた答えは。
『あさって』
「そうですか。……って! あさってですか!?」
 僕はとても驚いた。明後日。つまり、2日後までに写真を探さなくてはならないのだ。
『土曜の朝に日本に着くようにするから、それまでに、お願いね☆ じゃあね~!』
「ちょ、ミミさ……」
 僕が呼び止めようとした瞬間。電話の向こうで「ガチャッ」という音がした。そして、僕の耳へ無情に響く、ツーツーという音。
「……どうしよう」
 受話器を静かに戻した僕は、その場で頭を悩ませていた。
「あの頃の、写真かあ」
 小学3年生の時の写真。あの頃のことは、実はあまり思い出したくはない時代で、僕がかつて一番塞ぎ込んでいて、気持ちが不安定だった頃なのだ。しかし、ミミさんに頼まれた以上、探さないわけにはいかない。
「どこにしまったんだっけ……」
 僕がそのまま考え込んでいると、パタパタとお母さんがやってきた。
「お風呂湧いてるから、いつでも入れるわよ」
「分かりました。じゃあ、入ります」
「ねえ、光子郎。さっきの太刀川さんのお電話、何のご用事だったの?」
 お母さんの質問に、僕はギクッとした。
「あ、別に……なんでもないんです」
「国際電話をかけてくるなんて、なかなかないでしょう?」
 僕の顔をまっすぐ見つめ、興味津々に聞いてくるお母さんに、変な汗が出てきた僕は観念した。そしてすぐ、ミミさんから頼まれた「探し物」のことを打ち明けた。すると。
「あなたの昔の写真なら、全部アルバムに入れてあるから、すぐに出せるわ。こっちよ」
 お母さんは、リビングにある収納棚に僕を案内してくれた。そして、棚にしまってあるアルバムを数冊出してもらった。
「うわ、こんなにあるんですね」
 お母さんが作っていたアルバムの写真の数に、僕は圧倒されていた。
「探している写真って、3年生の時の写真だったわよね」
 そう言いながら、お母さんはアルバムをめくる。僕も横から覗き込んだ。綺麗に並べられた写真は、お母さんと僕の二人で映る写真が多い。お父さんが一生懸命撮ってくれたものだろう。
「お父さんもたくさん写真を撮ったのね」
「そうですね」
 お母さんの言葉に僕は、あの頃不安に思わなくとも、ちゃんと家族だったのだな、としみじみ感じたんだ。
 お母さんがしばらくページをめくり続けていくと、僕はあるページに目が止まった。
「あっ、その写真!」
 僕の声にお母さんが視線を動かす。
「もしかして、探している写真って……」
「そうです、これです。ありがとう、お母さん」
 お母さんの協力もあり、無事に写真を見つけることが出来た僕は、ひとまず安心した。
「どういたしまして。じゃあ、このアルバム、光子郎に預けるわね」
 お母さんは僕に、例の写真が入ったアルバムを渡してくれた。
「そういえば、太刀川さんは、いつこっちにいらっしゃるの?」
「えーっと、言いにくいんですけど、あさって……」
 彼女のことだ。絶対と言ったら、絶対に来るのだろう。
 それを思った僕は、思わず苦笑いした。
「あらあら大変。その日までにお菓子、用意するわね」
 お母さんは驚きつつ、どこか嬉しそうにして言った。
 自分の部屋にアルバムを置いた僕は、お風呂に入り、パジャマを着ると、部屋に戻った。僕は椅子に座り、探し出した例の写真をもう一度見つめていた。
 この写真に写る、小学3年生の僕。そして、その隣に写るのは、あどけない笑顔の少女。彼女は、かつての僕のクラスメイト、太刀川さんだ。太刀川さん、と聞いて、この話を読んでいるあなたならすぐに分かるだろう。そう、ミミさんのことだ。
 今の僕がやっていることをあの頃の僕が知ったら、きっと腰を抜かしてしまうだろう。現在、僕は日本のみならず、世界中にいる選ばれし子ども――最近は、パートナーデジモンを持つ子ども、という意味合いが強くなってきているが――とコンタクトを取り、困っている仲間のために役に立ちたいと奮闘している。塞ぎ込んでいた頃の僕には、考えもしなかったことだ。
 しかし僕も、好きで塞ぎ込んでいたわけではなかったのだけど……と、この辺りの話はしだすと長くなるから、割愛する。
 まあ、何があろうと、ミミさんは2日後に帰国するし、色々と準備をしなきゃな、と僕はため息をついたのだった。

「……と言うことは。明日、光子郎はんの家に、ミミはんが来るんでんな!」
「そうですね」
 するとここで、テントモンに思わぬことを言われた。
「そのミミはんが探しとった写真とやら、パルモンにも見せたらええんとちゃいまっか?」
「えっ。パルモンにもですか?」
 僕は彼に聞き返した。
「せや。ワテとパルモン、そっちに一緒に行ってもええでっしゃろ?」
「まあ、君はいいんですけど。どうしてパルモンも?」
「昔のミミはんのことやさかい、パルモンかて知りたいに決まっとりますわ。何たって、あんさんらの大事な昔の話やないですの」
「そうかな」
 僕が訝しげに返事をすると、テントモンは、
「何年経っても、光子郎はんはそういうところがあきまへんわ」
 と、何故か少し呆れたような返事をした。
「それはともかく、光子郎はん。ワテ、4年前の話、気になります。聞かせてえな」
「うーん。そんなに大した話はないけどなあ」
 大した話、というかむしろ、あまり知られたくない話がわんさかあるのだけど、僕が渋ると、
「ワテ、ワテの知らない光子郎はんについて、もっと知りたいですわ」とテントモンに言われた。
 じっと見つめられると、教えないほうがかえって悪いように思えてくる。
 僕は他の誰にも言わないことを条件に、テントモンに過去の話をすることにした。
「これからする話の前提なんだけど、僕とミミさんは、昔お互いに名字で呼び合ってた」
「ミョウジ、って、あの……人間の、家の名前でっしゃろか」
「うん、そうだよ。僕は泉だけど、ミミさんは太刀川ですね。お互いに名字にさん付け……あ、
ミミさんは僕のこと、『泉くん』って呼んでましたけど、それで呼び合っていました」
 この事実を彼に話すと、
「え! そうなんでっか!?」と、驚いていた。
 まあ確かに、3年前にテントモンと出会った頃はすでに「ミミさん」「光子郎くん」と呼び合っていたから、驚くのも無理はないかもしれない。
「とりあえず、今と違うのはそんなところだけど、小学3年生の頃の僕って、ものすごく暗かったし、とにかくあの頃のことは、本当に誰にも言わないでほしい」
 話し始める前に、彼にそう頼み込んだ。
「大丈夫ですわ。他の誰にも言いまへん」
「ありがとう。それじゃあ……」
 そうして僕はテントモンに、3年生の頃の僕と彼女――小学3年生の時にクラスが一緒だった、太刀川さんの話をし始めたんだ。

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