君と僕の距離 - 13/21

「ねえ、ミミ。だいじょうぶ?」
「え……?」
「なんか、最近ずっと元気ないじゃない。どうしたの? 具合でも悪いの?」
「ううん、なんでもないの」
 あたしは、笑顔を作って、だけど静かに返事をした。
 ついこの前までは、泉くんをどうやってギャフンと言わせるかで頭がいっぱいだった。だけどあの日……あの話を聞いてしまってから、あのことを知ってしまってから。それから、先生とお話してから……泉くんのことを思うと自然と悲しくなってきて、それがいつの間にか表に出て来てしまっていたみたい。
 それを泉くんのせいだと勘違いしたクラスの男の子が、彼に言いがかりをつけた。
「おい、泉!」
「なんですか」
「おまえ、この前のこと。ちゃんとあやまれよ!」
「ミミちゃんがかわいそう!」
「そうだ! そうだ!」
「あやまらないなんて、サイテーだぞ!」
 輪をかけて広がる、クラスメイトの声が泉くんのことを攻め立てた。
 それを見ていたあたしは、耐えきれなくなって、ついに。
「もうやめて!!」
 気がついたら、そう叫んでいた。
 クラスの声が急に静まり返る。
「……ミミ?」
 友達の誰かが驚いたように声をかけてきたけど、あたしはこの状況をなんとかしようと必死だった。
「泉くんのこと、そういうふうに言うのはもうやめてよ」
「ミミちゃん? 何言って」
 クラスメイトはみんな、何が起こったのかわからない様子だった。だけど、あたしはもう止められなかった。
「泉くんはね、みんなの知らないところで、たくさんつらい思いしてるのよ!
 そんな泉くんのことも知らないで! あたし、もう……みんなのことなんか、大キライ!」
 あたしはみんなにそう言い放つ。
「あ、ミミ! どこにいくのよ!?」
 クラスの友達の止める声も聞かず、あたしは教室を飛び出した。

 息を切らしながら、あたしは体育館の裏までやってきた。そこであたしは座り込んだ。
(みんななんか、みんななんか、だいっきらいなんだから……)
 しばらくの間、そのままうずくまっていると、思いがけない声が聞こえてきた。
「たちかわ、さん」
 その声の主は、泉くんだった。
 あたしを追いかけてきたらしく、その声は息が上がっているようだった。
「教室、戻らないと……授業、始まっちゃいますよ」
 あたしは黙ったまま返事をしなかった。
 どことなく気まずい沈黙が流れていたけれど、あたしの中に、今ここに泉くんと二人きりなのなら、あたしはあのことを泉くんに言わなくてはと思った。
 あたしは勇気を振り絞ってその言葉を口にした。
「泉くん、ごめんなさい……」
 泉くんからは反応がない。だけど、あたしはそのまま続けた。
「あたし、自分中心なことがあるから。ちゃんと考えていなくて、泉くんに迷惑かけちゃった……」
 俯いていた顔をさらに俯かせると、突然、「ごめんなさい!」と言う泉くんの声が聞こえた。
「……え?」
 あたしは驚いて、それ以上言葉が出てこない。
「ボクは、太刀川さんに、ひどいことを言いました。ずっと……どう謝ろうかと考えていて、それで」
 あたしは、ぽかんとしながら泉くんのことを見ていた。
「言い訳かも、しれませんが。理由は、どうしても言えないんですけど、ボクは、人とどう付き合えばいいのか、分からなくて。人付き合いが怖いんです。それで、うまく話せなくて」
 彼は必死に話を続けていた。
「うまく、話せないから……ボクは。君が……いや、君に話しかけられるのが、どうにも嫌で。それで、君の気持ちを考えずに、ひどいことを言って、傷つけてしまったと、思っています」
 あたしは黙ったまま、彼の話を聞いていた。
「それで、ずっと……どう謝ろうかと、考えていて。ほんとうは、もっと早く、謝るべきだったと思います。でも……いつそれを言い出せばいいのか……分からなくて」
「泉くん……」
「あの、どうして」
「?」
「どうして君が、ボクが『つらい思いをしている』って、言えるのか……その理由をいくら考えても、全く分からないんですが。こう言うのは、変かもしれないんですけど。ボクは、太刀川さんのことを、少しだけ……信じてみてもいいのかもしれない、と思いました」
「……ほんとう?」
 あたしはパチパチと瞬きをしながら、彼に聞いた。
「ええ、ほんとうです」と彼は返してくれた。
「……ありがとう」
 あたしは少しだけ、心が軽くなった気がした。それが顔に出たみたいで、泉くんもホッとした表情になった。
「それで太刀川さん、あんなひどいことを言ってしまったボクを……許してもらえませんか?」
 彼は、恐る恐るあたしに聞いてきた。あたしがした返事は。
「……うん、許してあげる」
 泉くんが勇気を出して、謝ってくれたことにあたしは、それだけで今までのことが帳消しになった気がしていた。
「ありがとう、ございます」
 泉くんは、ほんの少し笑顔になった。こうして、あたしと泉くんは和解したのだった。
 その時。キーンコーンカーンコーンと、授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
「それじゃあ、教室、戻りましょう? ほら。授業、始まっちゃいましたし」
 泉くんはあたしにそう促してきた。でも……。
「戻りたくない」
 あたしは、そう彼に返事をしていた。
「どうしてです?」
「泉くんのこと……悪く言うみんなのことなんか、キライだから、戻らない」
「でもそれは、先生が困りますよ。太刀川さんは先生を困らせたいんですか?」
 それを聞いた次の瞬間。
「どうして、泉くんは平気でいられるのよ!」
 あたしは怒ったように強く、泉くんに言った。
「へ、平気って、何がですか?」
「みんなから、あんな風に言われて、どうして泉くんは、平気でいられるの……? 教室に戻りたくないとか、思わないの?」
 あたしは半分、涙声で泉くんに問いかけていた。困ったような顔をした泉くんは、静かに答えた。
「平気、というか。平気では、ありませんけど……感情が麻痺しているのかもしれません」
「まひ?」
 あたしは首をかしげた。感情が麻痺しているって、どういうことなんだろうって。
「ボク、うれしいとか、悲しいとか、そういうのが、あまりよく……分からないんです」
 それを聞いたあたしは、
「変なの。そんなの、まるでロボットみたいじゃない」
 と思ったままに言った。すると泉くんはしばらく押し黙ってしまった。
「……太刀川さん、すごいですね」
「え?」
「実はボク、ロボットや機械みたいになりたい、なれたらいいのにと思っているんです」
 突拍子も無い話にあたしは「どうして?」と質問することしか出来なかった。そんなあたしに泉くんはこう答えてくれた。
「ボクは、もうこれ以上、自分が傷つきたくない、と思っているのかもしれなくて。ロボットは機械だから、感情がありません。つまり。つらいとか、悲しいとか、そんな思いをしなく済むんです。そういうものに、ボクはなりたい。と、思っていますが。でもボクは……残念なんですけど人間なので……そういうわけにもいかないから。だからせめて、そういうことを考えないようにするしか……出来ないんです」
 彼は、核心を話さなかったけれど、あたしには分かった。彼が言いたかったのは、傷つきたくないことは、きっと、お父さんとお母さんのことなんだ、と。
「でも、一番は……ボクがいなくなればいいのかなって」
 それを耳にした瞬間、あたしの胸がどきっとした。
「え? どういう、意味?」
 思わず彼に聞き返す。すると。
「ボクはきっと、本当はいらない存在なんです。だから、ボクひとりがいなくなっても……みんな困らないだろうし。何も変わらないから、きっと……」
 次の瞬間、あたしは思わず叫んでいた。
「泉くんがいなくなるなんて、そんなのいや!」
「たちかわ……さん?」
「だって、泉くんはひとりしかいないのよ? この世界にたったひとりしか。それなのに……」
 あたしは、自分の思いを彼にぶつけた。
「あたしは、泉くんがいなくなったらさみしいし、悲しいから。だから、いなくなりたいだなんて言わないで!」
 彼の顔を見ると、彼は思いの外、落ち着いているようだった。
「……太刀川さんは、自分が、他のみんなとは違う……同じ人間ではあるけれど、決定的に、違うところがあると知ってしまったら、どう思いますか?」
「どうって……」
「みんなと違う、というのは、とっても怖いんです。きっと、本当のボクのことを知られてしまったら……誰にも、嫌われてしまうと、ボクは思っています」
 言いながら手をぎゅっと握りしめた彼に、あたしは――
「違うことの何がいけないの?」と言った。
「え?」
 泉くんは目を丸くした。
「あたしは、何があってもあたしだし、泉くんは、何があっても泉くん。それは、絶対に変わらないことじゃない。そもそもあたしたち、全然違う人間でしょ? 同じであろうとすることのほうがおかしいわ。それに、本当の泉くんがどうあろうと、泉くんであることには変わらないでしょ? 違うの?」
 自分でも思いがけないことを言ったと思う。でも、あたしはどうしても、彼に自分の思いを告げたかった。
「あたしは、本当の泉くんがどんな男の子でも、嫌いになったりしないわ。だから」
「ほんとう、ですか?」
 泉くんは、あたしにそう、たずねてきた。
「うん、ほんとうよ」
 あたしは力強く頷きかえした。すると。
「どうしても分かりませんが……やっぱり太刀川さんのこと、信じてみてもいいかな、と改めて思いました」
 その言葉に、あたしはなんだか嬉しくなった。だから。
「……うれしい! ありがとう」
 あたしは、笑顔で気持ちを表現した。泉くんもようやく笑顔になってくれた。
 ここで、あたしは彼に聞いてみたいことがあった。
「そうだ。あたし、ずっと気になっていたことがあるんだけど」
「なんですか?」
「泉くんって、あたしのこと、どう思ってるの?」
 あの秘密のことはこの際、黙ったままにしておいて。彼があたしをどう思っているのかは、実はずっと気になっていたことだった。聞かれた泉くんは、なんだか困ったような様子だった。
「どうってどういう……」
「友達とか、知り合いとかそういうのだと……どれに当てはまるのかな~って思って」
「それは……」
「それは?」
 あたしは泉くんをじっと見つめた。そして返ってきた返事は。 
「同じクラスの人、でしょうか……」
「え! あたし、友達ですらなかったの?」
 あたしは頭を抱えた。少し考えてから、あたしは泉くんに言った。 
「それじゃあ、今日からあたしと友達になって!」
 泉くんはなんだか戸惑っているようだったけど、少ししてから「いいですよ」と返事をしてくれた。
 あたしは、「ありがとう!」とお礼を言った。
 そしてあたしは、彼にある提案を、持ちかけた。
「ねえ、前よりお近づきになったしるしに、あたしからお願いがあるんだけど」
「な、なんですか?」
「今から泉くんのこと、光子郎くんって呼んでもいい?」
 それを聞いた彼は、途端に慌てていた。
「そ、それはちょっと」
「ダメなの?」
 間髪入れず、あたしは彼の目の前に、顔をぐいっと近づけた。彼は両の手を前に突き出し、後ずさりした。
「だって、ボクのこと、名前で呼ぶのは……お父さんとお母さんと、近所や親戚の人と」
「もう。そんなこと、どうだっていいじゃない!」
 泉くんの防御線に、あたしはじれったさを感じていた。
「それじゃあ、あたしのこと、ミミかミミちゃんって呼んでくれる?」
「そ、それもちょっと……」
 困っている彼にあたしは、さらに畳み掛けるように言った。
「クラスで、あたしのこと太刀川さんって呼ぶの、先生と……光子郎くんだけよ?」
「!?」
 彼はなせか、あたふたしていた。
「ちょ……、ボク、まだ名前で呼んでいいって言ってな」
「言ったもん勝ちよ」
「そ、そんな……」
 勝ち誇ったように胸を張るあたしに、彼は途方に暮れているようだった。
「ねえ、光子郎くん。あたしのこと、下の名前で呼んで」
「うー……」
「呼んでってば」
「……」
「呼んでよ」
「……」
「ねーえ」
「……ミミさん」
「……え?」
「ミミさん、じゃ、ダメですか」
 彼が必死の思いであたしに訴えてくる。
「うーん。あともうひと押し、ダメ?」
 あたしはどうしても譲れない。すると彼は、
「もう、これ以上は勘弁してください」
 と、懇願してきた。その様子を見て、
「……もう、しょうがないわね」
 あたしは納得していなかったけれど、一歩前進したことに満足したから、そこで諦めることにした。
「じゃあ、これからはそう呼んでね! 太刀川さんは禁止よ! 分かった?」
「ど、努力します……」
 彼は顔を引きつらせながらも、あたしと約束してくれたのだった。
――と同時に、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
 結局、その時間の授業は出ないまま終わってしまった。初めて授業をサボってしまったけれど、彼と和解できて、おまけに友達になれたから、あたしにとって、これ以上ない収穫があった時間だった。ところが。
 なんと、あたしと彼の一部始終を、担任の先生とクラスメイトが隠れて目撃していたらしい。だから、サボったことへのお咎めは無しになった。
 彼とのやりとりが終わった後、一斉に出てきたみんなに、あたしは驚いた。
 だけど、みんな笑顔だったり、泣いていたりで。あたしと彼の周りにわーっと集まった。特に泉くんに対してがすごかった。
「泉、おまえって、本当はすげーいいヤツだったんだな」
「泉くんのこと、誤解してた。本当にごめんなさい」
 クラスメイトのみんなが、彼に対して謝っていた。みんなが彼にした仕打ちからしたら、あたしは当然のことだと思うけれど、その日以降、泉くんを無視したり、悪く言ったりする人はいなくなった。
 その日から間もなく、あたしは彼と仲直りの記念写真を撮った。
 そう。この時撮った写真が、例の「小学3年生のときの写真」。
 こうしてあたしと、泉くん改め――光子郎くんとの不思議な繋がりが始まった。

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