2:デジタルワールド・サーバ大陸 ピッコロモンの修行のあとに
ボクたちがサーバ大陸に上陸してから、約二週間が経過した。二週間という数字は、ボクが計算した仮定の日数だ。ファイル島にいたころの時間を合わせると、ボクたちがこの世界にたどり着いてから、恐らく最低でも三週間は経ったのではないかと思う。
サーバ大陸には、デビモン以上の力を持つ新たな強敵、エテモンがいた。エテモンと初めて対峙して以来、ボクたちはずっと敵に追われる身だ。ボクたちはエテモンや、その仲間の敵デジモンの襲撃に遭いつつも、機転やいま持てる力で応戦することによって、砂漠の中の旅をなんとか続けている。
エテモンを倒すためには、ボクたちのデジモン……つまりテントモンやアグモンたちが、もう一段階進化する必要があるんだ。そのためにはタグ、そして紋章と呼ばれるアイテムが必要不可欠になる。
サーバ大陸へ向かう途中の海底で手に入れたタグ。これはテントモンやアグモンたちが、カブテリモンやグレイモン以上に進化するために必要なアイテムのひとつで、紋章が揃った時点で初めて機能するらしい。ただし、さらなる進化への条件は誰にも分からない。
これまで、ボクたちのデジモンは、ボクたちに危機が迫ったときに進化をしていた。だから、さらなる上の進化への条件も同じような条件だと、ボクは推測するのだけれど……。
先日の太一さんの件、グレイモンがスカルグレイモンに誤って暗黒進化してしまったこと――から考えると……どうやらそれだけじゃないようだ。
ゲンナイさんは「正しい育て方をしないと、正しく進化をしない」とだけしか言っていなかったし……ピッコロモンの元、みんなで修行したけれど、彼(デジモンに性別があるかどうかはいまのところ不明だから、合っているかどうかは分からないが)の元では、明確な答えは掴めなかった。
少なくとも、太一さんとアグモンにとっては、とても意味のある修行だったとは思うけれど――きっと、さらなる進化への答えは、誰かに教えてもらうようなことではなく、自分で見つけなくてはいけないことなのだと、ボクはなんとなく感じていたりする。
大陸の各地に、何者かによってばらまかれたという紋章は残り、空さんとタケルくんの二つだけ。ボクたちはその残り二つの紋章を探して、砂漠地帯を歩き続けていた。
そしていまボクたちは……砂漠地帯のど真ん中で、野宿の最中。ボクはテントモンと一緒に、周囲の安全確保のための見張り番をしているところだ。
(ボクの紋章……この紋章はいったいなにを意味するのだろう)
ボクは手に入れたばかりの紋章を手のひらに乗せ、それを見つめながら考え事をしていた。
『正しい育て方をしないと、正しく進化をしない』
砂漠のど真ん中で、ゲンナイさんに言われた言葉の「なにか」が、ボクの中で引っかかっていた。
(「正しい育て方」、それに「正しい進化」か……。育てる・成長する、進化はその先にあるもの……)
ボクはゲンナイさんが発した、その言葉の意味を、必死に考えていた。さらなる進化への謎を解くことが出来たら、きっとみんなの役に立てるに違いない、と真剣に思って考えているのだ。
そして、ボクたちに課せられている使命的なものとは別に、進化に対する純粋な好奇心も、ボクにはある。それは――
自分の紋章で、カブテリモンはどんなデジモンに進化するのか、ということ。ファイル島でモチモンからテントモンに進化したときも驚いたけれど、テントモンからカブテリモンに進化したときも、驚きを感じたんだ。カブテリモンの進化の前に、グレイモン、ガルルモン、バードラモンの進化を間近で見ていたから、巨大化することには驚かなかった。でも、デジモンの進化って、不思議で面白いと感じたんだ。
カブテリモンの次は、果たしてどんなデジモンになるのか。その先を知りたい、見てみたい――。……そんなことを考えているのは、ボクだけかもしれないけれど……。
でも、好奇心だけじゃない。進化について考えることは、現時点での最重要課題なんだ。ボクたちのいた、元の世界に戻れるかどうかの鍵を握る、大事な話でもあるのだから。
(ボクたちの中の誰かのデジモンが、いまできる進化よりもさらに上の進化をして、エテモンを倒すことが出来たなら。今度こそ、元の世界に戻ることが叶うのだろうか)
デビモンと戦う前にも立てた仮説。あのときは叶わなかったけれど、もしかしたら、今度こそ――エテモンを倒したら元の世界に戻れる可能性もある。もちろん、デビモンのときのように戻れない、という可能性だってあるのだけど。戻れなかったら、この世界で生きていかなければならないけれど、戻れたときには、向こうはいったい、何月何日になっているのだろう。まだ、8月だろうか。いや、もっと時間が過ぎてしまっているのだろうか――
ここでボクの中に一抹の不安がよぎった。
(この世界に来てから、かなりの時間が経つけれど、お父さんとお母さんは、向こうの世界からいなくなったボクのことを……待っていてくれているのかな)
こちらの世界と同じように時間が進んでいたならば、ボクたちが元いた世界は現在、夏休みも終盤だろう。
元いた世界から消えてしまったのが、夏休みの期間でよかったと思う。だけど向こうでは、ボクたちは一ヶ月近くも行方不明、という扱いになっているだろう。お父さんとお母さんは、行方不明のボクを探しているだろうか。悲しませていないだろうか。いや、もしかして――
(いなくなったボクのこと、諦めていたりするのかな。そもそも、いなかった子供だと思うことにして)
ボクは両親との関係に自信が持てない。それには、前に話しかけたボクの「秘密」が関係しているのだけど……。行方不明のボクを、そもそもいなかったことにして、諦めているのではないかという不安が、何度も頭をよぎってしまうんだ。お父さんとお母さんは決してそんなことはしない、いつだってボクのことを信じてくれていたからと、頭の中では分かっているのだけれど。
(……ああ、弱気になっちゃダメだ)
ボクは首を、左右に何度も振った。
(お父さんとお母さんは、ボクの帰りを待っていてくれているって信じないと)
家族のことになると、途端に弱気になる。気を確かに、しっかりしないと。ボクは自分に、何度も言い聞かせる。
ただ、ボクにはもうひとつ悩ましいことがあった。
元の世界に戻ったら、このデジモンたちの世界にいたことを、お父さんとお母さんに、なんと話せばいいのだろうか――ということ。自分の好きなことや知っていることのことを説明するのは得意だ。だけど、この世界のことを両親に対して説明できるか、というと……自信がない。
この世界のことを果たして、理解してもらえるのだろうか。
ボクの言うことを、信じて貰えるだろうか――
「はあ……」
「光子郎はん、そないに大きなため息をついて……どないしたんでっか?」
次から次へと、浮かんでは消えていく様々な思いが、いつの間にかため息として、表に出てしまっていたらしい。テントモンに訊かれるまで、自分がため息をついていたこと自体に気づいていなかった。
「え……ボク、ため息をついていました?」
「はいな。盛大についとりましたで?」
ボクは感情的になってしまうことがほとんどないと、自分でも自覚している。前にも話したかもしれないけれど、ボクはいつの頃からか、人前で感情を出す、ということが苦手になってしまったのだ。
でも――この世界に来てからは、最初こそ苦痛だったけれど、敬語は使えど、みんなと一緒にいても自然に接することが出来たり、感情が自然と表に出たり、そんなことが普通に出来てきたような気がしていた。だからこそ、気付かぬ間にため息を吐いてしまったのだ。
テントモンは心配そうにして、こう続けた。
「それに……紋章をそないに見つめて、難しい顔をしたまま黙り込んで、微動だにせえへんからワテ、心配でんがな。なにか、悩み事でもあるんやったら、ワテでよければ話、聞きますわ」
ボクの様子が、それほど深刻そうに見えたのだろうか。ボクはテントモンに対して、少し申し訳ない気持ちになった。
「ごめんよ、心配かけて。いまね、カブテリモンやグレイモン以上に、進化するための条件について考えていたんだ。この紋章が、なにか作用するのは確かだけど、なかなかヒント……手掛りを見つけられなくて」
ボクはいま、少し焦っていた。これまでのエテモンを含む、エテモン側の敵デジモンとの交戦歴から考えると、ボクたちがそれぞれ持つ「紋章」を使った「さらなる進化」なしには、エテモンを倒すどころか、互角に戦うことなど不可能であることは間違いない。それはボクたち7人の中でも共通認識だ。
現時点では上の進化が出来る者がいないため、出来る限りエテモンと遭遇しないように旅を続けている他ない。
だけど、いつまでも逃げ回っているわけにもいかないし、いずれは必ず、決着をつけなければならないだろう。そのためにも、ボクはなんとかして、さらなる進化へのヒントを見つけたいのだけど――
「なるほど、それでため息をついてはったんやな。そないに同じことをずーっと考えてはって、光子郎はんの負担にはなりまへんか?」
テントモンは、なんだかんだ言いつつも、ほかの誰よりもボクのことを気にかけてくれるし、どこまでもボクに付いてきてくれる。パートナーだから当たり前なのかもしれないけれど……こんな存在は、いままでいなかったから、不思議な気持ちになる。
「答えが見つからないことに関しては悩んでいるけど……ボクは考えることが生きがいなので、負担だなんて思っていません。でも、心配してくれてありがとう、テントモン」
「そうでっか? それならええんやけど……」
ボクの言葉に、テントモンは一応、納得してくれた。
「しかし、そのあたりはさすがやな! なにか謎を解こうとする光子郎はんは、ほかのどんなときよりも、生き生きとしてはりますからな!」
自信満々にそう言い切るテントモンに、ボクは、ほんのちょっと照れくさくなって、「そうかな?」と答えた。
「そうですがな!」
テントモンはさらに強く、ボクを肯定してくれた。照れくさいけれど、悪い気はしなかった。だから。
「そんなふうに言ってくれるのは君くらいです、ありがとうございます」とお礼を言った。
「どういたしまして。ところで光子郎はんは、考えることをどうしてそんなに、頑張りはるんですの?」
テントモンの質問にボクは答える。
「自分では頑張っているつもりはありません。それは、自分の興味・関心に対する欲、というものなんですけど……それ以上にみんなの役に立ちたいんです。こんなボクでも――」