「ここです、ミミさん。ここからだと、すごく綺麗に星が見えますよ」
ボクの言葉に、ミミさんは「わあ……」という感嘆の声を上げた。
「ね? すごい星でしょう?」
「うん。すごくキレイ!」
ミミさんは終始、嬉しそうに星を眺めている。
「お台場じゃ、こんな星空はなかなか見られないですからね。東京の夜は明るいですから」
「そうよね。お台場は、あたしのおうちからは、こんなにキレイには見えないわ……」
ボクたちは満点の星空を前に、黙り込んでしまった。
先に沈黙を破ったのは、ミミさんだった。
「ねえ、光子郎くん。手、繋いでも……いい?」
「えっ……?」
ミミさんの思いがけない頼みに、ボクは自分の耳を疑った。
だって、女の子と手を繋いだことなんて――そんなこと、いままで一度も経験したことがなかったからだ。
「お願い!」
意外にも真剣なミミさんの頼みを、ボクは引き受けることにした。
「……いいですよ」
「ありがと!」
周りが暗くてよかった。だって、いまボクは――
どうして。どうしてボクは、こんなにドキドキしているのだろう。ミミさんと、手を繋いだだけなのに――
ボクは、再び湧き上がってきた感覚に戸惑いを覚えていた。
*
「本当にキレイね!」
「そうですね。こんなに満点の夜空だったら――流れ星でも見られたらいいんですけど」
この世界の星空にも、流れ星が存在するのか、ボクは知らない。実はまだ、この世界では見たことがなかったからだ。
そのとき、ミミさんが「あっ、あれ! 流れ星!」と声を上げた。
ボクは慌てて「え、どこですか?」とミミさんに訊いた。
「いま、あの辺り……あっ!」
ミミさんが指を指した方向に、一筋の流れ星が現れたのだ。
「ほんとだ。流れましたね」
「きれーい!」
異郷の地で初めて見る流れ星に、平静を保ちつつも、ボクは密かに感動していた。すると、ここでミミさんから、こんな提案があった。
「ねえ、光子郎くん。流れ星に、なにかお願いごとをしようよ!」
「願いごと、ですか」
流れ星に願いごと。それはミミさんらしい提案だった。
「うん、そうよ! ね、してみない?」
面白そうだと思い、ボクはその提案に乗ることにした。
「いいですよ」
「やったあ! それじゃ、次のが流れたら言うわよ!」
ミミさんは嬉しそうにして、気合い十分に、流れ星を待ち構えている。そして……。
「えっと、ボクの願いごとは――」
元の世界に戻って、お父さんとお母さんに会って、怖いけれど、本当のことが知りたい――
そうボクが心の中で願ったとき、流れ星がスッと流れ、同時にミミさんが「はやくおうちに帰れますように!」と勢いよく言った。ボクは思わず、吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
「ミミさんの願いごとはそれなんですね、相変わらず」
すると、ミミさんはふくれっ面になって、
「なによう、いけない?」と言った。ボクは慌てて、
「いえ。いけなくはないですよ」と返事をした。
「光子郎くんの願いごと、聞こえなかったんだけど……何をお願いしたの?」
ボクはドキッとした。
「え、……早く元の世界に戻れたらいいなあ、って」
厳密に言えば、それは嘘になるけれど、あながち嘘でもない。だって――
「なあんだ! 光子郎くんも、あたしと同じなんじゃない!」
「あはは……」
元の世界に帰らないと、「あのこと」への真実は永遠に分からないのだ。真実を知るのはとても怖い。でも、早かれ遅かれ、いつかはそのときが来ると思う。たとえいますぐ、ボクたちがいた世界に戻れたとしても、それがいつになるかは、正直分からない。だってそれは……ボクではなく、ボクのお父さんとお母さんが決めることなのだから――
そんなことをぼんやり考えていたとき、ミミさんに唐突に「ありがとう」と言われて、ボクは我に返った。
「光子郎くんが、この星空を教えてくれたこと。あたし、ずっごく嬉しかったわ」
「そうですか……それならよかったです」
嬉しいことを言われて、思わず顔がほころぶと、ミミさんは再び空を見上げて、「あっ、また流れた! すごーい!」と言った。流れ行く星々に、無邪気に喜んでいるミミさん。
ボクはふと、気になったことがあった。
「あの流れ星たちは、どこへ向かうのでしょう。ミミさんはどう考えますか?」
星の事典で調べると、流星、いわゆる流れ星は、地球や他の星に突入して発光した、小さな天体なのだという。だから、その正体、というか答えは分かっているのだけれど――ミミさんの考えを、聞いてみたくなったんだ。
ボクの唐突な質問にミミさんは、
「えっ? うーん。……「旅をしてくる」とか?」
と答えてくれた。思わぬ返しに、ボクは唸った。
「旅をしてくる、ですか。なるほど。ミミさん頭いいですね」
褒めた途端、ミミさんは上機嫌になった。
「あら、そうかしら? ありがと、光子郎くん」
「いいえ。そうなるとあの星たちは、いまのボクたちみたいですよね。きっとたどり着くまで、行き先が分からない……当てのない旅をしているなんて」
ボクは何気なく言ったつもりだった。しかし。
「当てのない旅、行き先のない旅……」
ミミさんの表情が曇る。
「それって、あたしたちのこれからの旅にも、当てはまるのかしら」
「うーん、そうですね。少なくとも、いまのボクたちには、サーバ大陸に行く、という目的がありますけど……それ以外、なんにも分からないじゃないですか。いつになったら、元の世界に戻れるのか、というのも含めて。だから、あの流れ星は、ボクたちに似ていると思うんです」
流れ星とボクたちは、もちろん違うモノだ。だけど、行ってみなければどこへたどり着くかは分からない、という意味では同じだ、というつもりで言ったはずだったのだけど――
気がつくとミミさんは、今にも泣き出しそうな、不安そうな表情をしていた。
「それじゃ、あたしたち……もう、元の世界には戻れないの……?」
ボクはうろたえた。ミミさんは、ボクたちがいた元の世界に、いつになったら戻れるのかを考えていて、眠れなくなったのだ。これじゃ、追い打ちをかけてしまう――
ボクは内心、ひどく慌てた。ボクが言いたかったのは、そんなことじゃない。ボクはこの場で、ミミさんと一緒に過ごせたことが――
そう思った、次の瞬間。
「あ、あのっ、ミミさん。ボクたちがいつ、元の世界に帰れるか、残念ですが、ボクにも分かりません。でも、ボクが。みんなが。ミミさんのそばにいます。だから、大丈夫です、きっと」
ボクは、おおよそ自分らしくないように、勢いでミミさんのことを励まそうと必死だった。そして、ボクはミミさんが握ってきた手を、強く握り返した。ボクもミミさんも、ひとりじゃない。みんながついているんだ――そう思うと、不思議と強くなれる気がする。
「それに、ミミさんにはパルモンもいるんです。これから先、なにが待ち受けているか、分かりません。でも……きっと、なんとかなります。ボクはミミさんがそばにいてくれて、心強いと思っています」
自分の中にある言葉を、全部出し切って、ボクはミミさんに伝えたかったことを、必死に言った。
「ボクは、ミミさんが一緒にいてくれて、そばにいてくれて嬉しいです。……だから、一緒に乗り越えて……必ず、元の世界に帰りましょう?」
ボクは言い終えると、目を瞑って、うつむいた。こんなに、自分の気持ちを誰かに話したのは、初めてかもしれない。
「ねえ、光子郎くん。かお、上げて」
その言葉にボクは目を開き、顔を上げた。すると、目の前のミミさんは涙ぐみながらも、少し微笑んでいた。
「そう、光子郎くんの言うとおりよね。あたしにはパルモン、みんな……それに、光子郎くんだっているんだから。弱気になっちゃ、ダメよね。なんか、ごめんね」
言い終わるころには、優しい微笑みに変わっていた。
よかった、微笑(わら)ってくれて――
ボクは心の中で安堵した。
「いえ、誰にだって弱気になることはありますよ。ミミさんの気持ちが落ち着いたのなら、よかったです」
ボクも自然と、笑みがこぼれる。
「これも、光子郎くんがあたしの話を聞いてくれて、一緒に星を見よう、って誘ってくれたおかげよ。本当にありがとう」
ミミさんは笑顔でお礼を言ってくれたけど。お礼を言いたいのはむしろボクのほうだ。だから――
「いえ、こちらこそ。ボクと一緒に星を見てくれて、ありがとうございます」と、お礼を言った。
このあと、ミミさんから思わぬ一言があった。
「またいつか。一緒に星、見ようよ! 光子郎くんが見たくなったら、いつでも誘って。あたし、もう一度……ううん、何度でも、この星空を見たいから!」
興奮気味に話すミミさんは、この世界の星空が余程、気に入ったらしい。そのことにボクは嬉しくなった。
同じ星空を、ミミさんと共有出来たこと。それはとても嬉しいことだった。
「分かりました。また、見ましょう。一緒に、星を」
「うん! 絶対、ぜったい、約束よ!」
そう言ってミミさんは、ボクに満面の笑みを見せてくれた。
ミミさんの笑顔を見ると、何故かボクは嬉しくなる。
どくん
……あれ? まただ。胸がドキドキする。
さっきからボクの胸をザワザワさせる、この気持ちは、いったいなんなのだろう――
あのころの僕は、そのドキドキする感情の正体が「恋」ということに気づいていなかったし、その「恋」というものが、どんなものなのかも――まだ、知らずにいた。