キミと見たいつかの夜空 - 7/20

そう話すミミさんの表情は、苦笑にも似たなんともいえないものだった。そして、そんなミミさんの表情を見るのは初めてだった。
確かにミミさんは、人一倍悲鳴を上げたり、わがままを言ったりして、何かと行動を中断させるところがある気がする。実はミミさんの、そういうところが苦手だったりするんだ。
でもボクは、明るくて優しい面を持つミミさんを、この島で過ごした日々で見て知っている。そんな明るいところ、優しいところは、ミミさんの長所だとボクは思っている。
だから。
「あの。ボクは……ミミさんはその、騒いでいるというより、明るいんだと思います。明るくていいな、と思います。ミミさんのそういうところ、嫌いじゃないです。むしろ、好きかもしれません」
半分は慰めのような、もう半分は自分でも思いがけずに、そんなことを口に出していた。それを聞いたミミさんは、ちょっと驚いた様子を見せ、クスッと笑って、「ありがと」と言った。
「それじゃあ光子郎くんは、例えば、どんなことで不安になるの?」
「うーん、そうですね。例えば……そうだなあ……」
ボクは例え話に、なにを言えばいいのか悩んでいた。ボクの不安なこと、といったら……。
「自分が何者なのか、分からない、とか――」
ボクは思わず、そう口走っていた。そして口走ってしまったことに対して「しまった」と思った。ボクは恐る恐る、ミミさんの顔を見る。すると。
「???」
ミミさんは、ボクが何を言いたいのか、分からなさそうな様子だった。それを見て、ボクは少し安心した。さっき口走ってしまったことは……本当は誰にも話すことのできない、ボクの一番の悩みであり、秘密なのだから――
でも。なぜかボクは、気がつかない程度に、ほんの少しだけそのことを、ミミさんに話してもいいかなと思っていた。
「ボクが本当は何者なんだろう、って。考えすぎて、不安になって……眠れないときがあります」
ボクがそう言うと、ミミさんは黙り込んだまま、難しい顔をした。
「ミミさん? どうしました?」
「光子郎くんがなにを言っているのか……あたし、よく分かんない」
その発言を聞いて、ボクは更にホッとした。あのくらいのヒントで分かられたら、そっちのほうが困るからだ。
「別に、分からなくても大丈夫ですよ。ボクがどんなとき、不安になるのかを、話したかっただけですから」
ボクは精一杯、微笑んで見せた。
そして、このとき。ボクはミミさんに、眠れないときのとっておきの方法を教えることにしたんだ。
「不安で眠れないとき、なんですけど。そんなときはボク、星を見るんです」
ボクがそう言うと、ミミさんは瞬きをパチパチとして、空に向かって指を指しながら、「星? お星さま?」と言った。
ボクは頷いた。
「ええ。眠れないときにこうして、夜空を見上げて、星を見て――そうすると、気持ちが落ち着いて、よく眠れる気がするんです」
ボクの言葉に、ミミさんは意外そうな顔と、何故か目を輝かせて、「へえ……! 光子郎くんって、ロマンチストだったのね!」と言った。
ミミさんの発した、ボク自身には似合わない言葉に、ボクは変に動揺した。
「え、ロマンチスト? ボクがですか?」
「うん! だって、星を見るのが好きだなんて……それって、ロマンチストでしょ? 違うの?」
「そ、そうですかね」
言われたそばから否定するのは、このときはしないほうがいいと思ったのだけど……ボクは現実主義者だ。それに、星を見るのは嫌いではないし、むしろ好きなほうには入るけれど、ボクにとっては、現実逃避の手段のひとつにすぎないのだ。世の中には、天文学者という職業の人がいるし、宇宙に関わっている人もごまんといる。しかしその人々全てが、必ずしもロマンチストとは、限らないとは思うのだけど――というのが、喉のところまで出かかってしまったのを、なんとかボクの心の中に留めたんだ。
ミミさんは、ボクが心の中で、そんなことを思っているとはつい知らず、自分が言いたいことを話し始めた。
「それにね、光子郎くんって、デビモンに飛ばされちゃったときのあの遺跡にあった、変な暗号みたいなのとか――パソコンみたいな機械しか、興味がないんだって思っていたわ!
そうそう、遺跡ではこのあたしのことを無視するし! ほんとに失礼しちゃうわ!」
ミミさんはダイノ古代境でのことを、やっぱり根に持っているみたいだ。あの調査は、ボクにとっては必要だったし、新たなコンピュータープログラムを手に入れることが出来たから、やってよかったとは思っている。でも――
目の前にいた、ミミさんに対して悪いことをしたのは事実だ。ちゃんと謝っていなかったような気がして、ボクはミミさんに謝ることにした。
「ミミさん、今更かもしれませんが……あの、遺跡でのこと。無視しているつもりはなかったんですけど、本当にすみませんでした。ミミさんの話、ちゃんと聞けばよかったです。ごめんなさい」
ボクが頭を下げると、ミミさんは面食らった様子だった。
でも、すぐにいつもの調子に戻って――
「次に同じことをやったら、今度は許さないんだから!」
と、威勢良く言った。それに気圧されたボクは、
「き、気をつけます……」
と、タジタジ気味に答えた。ボクは心の中に、ミミさんの言葉と剣幕をしっかり刻み込んだ。
ミミさんだけじゃない。他のみんなに対しても、同じことをやってしまう可能性はゼロではない。気をつけなければと、ボクは強く思った。
そのとき、ふっと表情を和らげたミミさんから、思いがけない言葉を掛けられた。
「でもね、あの遺跡の壁を壊してまで、あたしのこと助けに来てくれたこと、それがすっごく嬉しかったの。ありがと」
そして、ミミさんはボクに向かって微笑んだ。
その表情を見た瞬間――
どくん
ボクは今までに感じたことのない、不思議な気持ちに襲われた。そう、なぜか胸のあたりがドキドキする感情――
この不思議な感情について考え始めたとき、その思考を吹き飛ばしそうな質問が、ミミさんから飛んできた。
「さっき、星を見ていると気持ちが落ち着くって言っていたけど……自分が分からないって、そんなに不安なことなの?」
ミミさんからしたら、それは素朴な疑問なのかもしれない。
でも――
ボクが星を見ている本当の理由は、つらい現実から目を背けているだけなんだ――
うっかり「あのこと」を思い出してしまいそうになり、ぼんやりしていると。
「どうしたの? 大丈夫?」
ミミさんはボクの顔を覗き込んで、心配そうにしている。
ボクは慌てて、「ああ、すみません。大丈夫です。少し、考えごとを――」と、そこまで言いかけた。すると。
「もうっ! あたしと話しているときに、考えごとなんかしないでよ!」
と、ミミさんを怒らせてしまった。ミミさんの怒るポイントが、ボクにはよく分からない。ああ、やっぱりミミさんのこと苦手かも、と思ったのだけど……。いや、待て。
いまのは、ぼんやりしてしまったボクが明らかに悪い。
あのくらいで怒るミミさんもミミさんだけど、話している途中で、悪気がなかったとはいえ、ぼんやりしてしまうのは相手に対して失礼……だよな。と、ボクは思い直した。
「ご、ごめんなさい……」
ボクは素直に詫びを入れたのだけど……ミミさんには別の何か、アクションが必要かもしれない。そう思ったボクは。
「あの。お詫びに……星を見ながら、この辺りを歩きませんか? さっきここに来る途中で、もう一ヶ所、星が綺麗に見えそうなポイントを見つけておいたんです。いかがでしょうか……?」
おそるおそる、ボクはミミさんに提案した。ミミさんの返事は「……うん!」という言葉と、さっきまでの不機嫌さが嘘みたいに直って、笑顔になったこと。それで快諾が分かった。こうして、ボクたちはふたりで歩きながら、星を見る散歩をすることになったんだ。

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