キミと見たいつかの夜空 - 6/20

みんなが寝静まった夜更け。ファイル島にいるデジモンたちも眠りについているようで、あたりはとても静かだ。
そしてボクはひとり、みんながいる場所から、離れた場所へと歩いていく。ひとりきりになるのなんて、何日ぶりだろう。それだけでも、高ぶってしまった気持ちが、落ち着くような気がする。
そうだ。ボクは元々、ひとりで静かに過ごすのが好きだった。それが、この世界に来てからというもの、なんだか賑やかな日々が続いている。
考えてみると。常に共に行動する人間が、ボク以外に6人。そしてデジモンが、テントモンを入れて7匹。つまり、合わせて、ボク以外の存在が13人――いや、デジモンを「人」で数えるのはどうかとは思うけれど――こんな大人数で行動するなんてこと、そんなことは、いままでのボクの生活ではありえないことだった。だって、ボクはそもそも、人付き合いが得意じゃないのに――
だけど、みんなと過ごしていくうちに、大人数の中で過ごすのも悪くはないのかもしれない、と思い始めていた。
「この辺りがいいかなあ」
ボクはふと立ち止まった。例の方法をやる、とてもいい場所を見つけたんだ。眠れないときにする、とっておきの方法。
それは……。
「よし」
ボクはゆっくりと空を見上げた。「それ」を見た瞬間、ボクの胸は自然と高鳴った。
「うわあ……すごい」
見上げた先の光景に、ボクは目を奪われていた。
ボクがいま、なにをしているのかというと。この世界の星空を見ている。つまりボクは、星を見るためにこっそり抜け出してきた。ボクが元の世界にいたとき、眠れないときはこうして、星を見ていたのだ。
この世界に来てからというもの、その習慣のことをすっかり忘れてしまっていた。思い出す余裕もないほど、様々な出来事がありすぎたからだ。もっとも、この世界に来てから眠れないときがなかったから、必要性がなくて忘れていた、というのが正しいのだけど。
「この世界は、ボクたちの世界とは全く違うけれど。違わないものもあるんだなあ。とっても綺麗だし」
久しぶりにひとりで見る星空は、元いた世界の星空と同じように綺麗で美しかった。いや、はたから見れば、ボクたちの世界の星空と、全く違わないようにも見える。そう、ボクたちにとって馴染みのある星座が、「なにひとつない」ことを除いては――
「違わないもの、って言ったけど。厳密に言えば、これもボクたちの世界のものとは違うんだった……」
星空ひとつを取ってしても、この世界はボクたちがいた世界とは全く違う。この世界がなんだか変わっている、おかしいように思えるのは、ここに辿り着いたときから、なんとなく感じていたことだった。この島を隅々まで探検し、調べてみると、随所にその片鱗がうかがえた。その片鱗たち――パッと思いつくのは、ゲンナイさんという人――本人は人間であって人間でない、という意味深なことを言っていたが――と出会うまで、人間らしき存在に全く遭遇しなかったこと。異なる気候のエリアが同じ島にあったこと。そして、砂漠に立つ電柱や、その砂漠の砂は、磁石にくっつく鉄の粉であったことなど――そういった事実は、この世界がボクたちのいた世界とは、明らかに異質な世界であることを証明している。
でも、それでも。
この世界の星空が、綺麗なことには変わりはない。
いや、むしろ。
「ボクたちがいた世界の夜空、東京の夜空より、遥かに綺麗だ――」
ボクはしばらく夜空を見上げたまま、その光景の美しさの余韻に浸っていた。ボクたけの特別な光景。
みんなは眠ってしまっている。デジモンたちも含めて。もちろん、テントモンも。起きているのは……ボクだけだ。
いや、起きてこの場にいるのは「ボクだけ」のはずだった。
「……光子郎くん?」
突然、誰かに名前を呼ばれた。いや、この声は――いまこの時間に、聞こえるはずのない声だった。聞き慣れたその声に、ボクが振り返ると。そこに立っていたのは、なんとミミさんだったのだ。ミミさんは、早々に寝てしまっていたはずなのに。何かあったのかな、とボクは不安になった。
「どうしたんですか」とボクが聞こうとした。でもその前に、
「こんなところで、なにしているの?」と聞かれてしまった。
(えーっと……どうしよう)
ボクはミミさんに、なんと返事をすればいいのか悩んでいた。星を見るためにここにいた、なんてミミさんに言ったら、なにを言われるだろう。ボクはふと、ダイノ古代境でミミさんに、散々文句を言われた末に、泣かれてしまったことを思い出した。下手なことを言ったら、またなにか言われるに違いない。ここは無難に返事をしよう、とボクは思った。
「ち、ちょっと眠れないので、散歩していました……」
ボクとしては、苦しい言い訳だった。眠れないのは事実だけれど、散歩をしていたわけではない。でも、ミミさんは、
「ふーん、そうなんだ」と言って、それ以上の追求はしてこなかった。
「ミミさんこそ、まだ起きていたんですか? とっくに寝ているものだと思っていました」
「うん。一度は寝付けたんだけど、なんだか目が覚めちゃって。それから眠れなくなっちゃったの」
「そうなんですか。珍しいですね、ミミさんが眠れないなんて。いつもはすぐ眠ってしまうのに――。……ミミさん?」
何故か、ミミさんは黙り込んでいた。ミミさんの顔を見ると、いつもの明るさが感じられない。なにやら、思い悩んだ様子だった。なにか言おうか悩んでいると、ミミさんが先に口を開いた。
「あのね、あたし……光子郎くんに聞いて欲しいことがあるの」
聞いて欲しいこと。いったい、なんだろう。
「ボクでよければ、なんでも聞きますけど。どうしたんですか?」
「あたしたち、デビモンはなんとか倒したけど……いつになったら元の世界に、おうちに帰れるのかな、って。それを考え出したら眠れなくなっちゃったの」
ミミさんは口を開くたび、高確率で家に帰りたいと言う。
いや、ミミさんだけじゃない。口に出さずとも、ボクたちだって決して家に……元の世界に、帰りたくないわけじゃない。ボクだって、帰れるものなら今すぐにでも――いいや、帰れば帰ったで、また塞ぎ込む日々が始まってしまう。ボクの心中は複雑だった。だけどボクだって、いつになったら、どうやったら元の世界に戻れるか、なんてことは分からない。
デビモンを倒せば、闇の力がこの世界からなくなって、ボクたちはこの世界から必要とされなくなり、元の世界に戻れるのではないか――という仮説をボクは立てた。
けれど、結局それは叶わなかった。それどころか、今度は海の向こうの、サーバ大陸へ渡ることになったのだ。解決するところか、問題はさらに深くなり、話も飛躍している。
「あたし、戦うのはイヤ。でも、おうちに帰れないのは、もっとイヤ! おうちに帰るためには、戦わなきゃいけないこと、それは分かっているの。分かっているのだけど――」
ミミさんは、この世界に辿り着いたときから、戦いを嫌がっている。きっと、ボクたちの中で一番、戦いを避けたいのだと思う。……いや、ボクも出来ることなら、無用な戦闘はしたくない。それに、ボクにだって、誰にも言えないこと、避け続けてきたことがあるのだから――
「こんなこと、考えても仕方がないのに……どうしたら、それを止められるのか、光子郎くんは知ってる?」
一度考え出したことをやめるのは、至難の業だ。それは、考えることが好きなボクが、一番よく知っている。だけど、ミミさんの不安な気持ちを、軽くすることが出来るのならばと、ボクは相談に乗ることにした。
「なるほど。考えすぎて眠れない、ってことですか。ボクもそういうときありますね」
ボクがそう言うと、ミミさんは驚いた顔をした。
「光子郎くんも、あるの?」
「ええ。まあ、でも……ボクの場合はしょっちゅうあることなんですけどね」
苦笑しながら答えると、ミミさんの口から、再び質問が飛んできた。
「なにをそんなに考えているの?」
「いろいろとあるんですよ。ボクの場合、知りたいことがたくさんあるので、それが気になって、仕方がなくなって、眠れなくなるというか。そんなところです」
そう、ボクは。何かに興味を持つと、それが気になってしまって、調べて解決するまで眠れなくなってしまうのだ。
「ふうん……なんか、光子郎くんらしいわね」
ミミさんの発した言葉に、ボクは内心驚いた。ダイノ古代境では、ボクの行動に対して、散々文句を言っていたのに。いまのミミさんの言葉には、嫌味を感じなかった。
「そうですかね? あとは、急に不安になって眠れなくなったりすることもあります」
「え! 光子郎くんも不安になったりすることがあるの?」
「もちろんありますよ」
「へえー、そうなんだ! 全然そういうふうには見えなーい!」
ボクの発言に、ミミさんは本気で驚いている。まあボクは、感情が表に出にくいタイプだと、自分でも自覚はしている。というより、感情を表に出すのも、人付き合いと同じように、いつの頃からだか苦手になってしまったのだ。
「でも、ボクだってミミさんと同じ歳で、同じ小4なんですから」
「そっか。光子郎くんもあたしと同じ歳……身長以外はそうは見えないわ!」
年齢のことはともかく、身長。実は、地味に気にしているのだけれど、今のも嫌味ではないと信じ、そこはあえてスルーする。
「ボクはあまり、喜怒哀楽が表に出ませんからね」
「光子郎くんっていつも落ち着いているし、あたしとは大違いよね。あたしはたぶん、そうじゃないから」
ミミさんの思わぬ発言に、ボクはまた驚いた。そんなふうに思っていたなんて、思いもしなかった。なんだか急に恥ずかしくなる。
「え、そうですか? ボクはそうでもないと思うんですが」
「ううん、絶対落ち着いているわよ。それに比べてあたしって、みんなより騒いでいる気がするし、もしかすると、みんなに迷惑かけていたりして」

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