キミと見たいつかの夜空 - 5/20

今日がいったい、何日なのかは分からない。この世界にはカレンダーも存在しないからだ。でもきっと、まだ8月のはずだ。とにかく、十数日前の1999年8月1日。この世界にたどり着いたボクたち7人の子供は、子供会のサマーキャンプに参加していた。
キャンプ場に到着して数時間もしないうちに、突如、吹雪が巻き起こった。その場所は山間とはいえ、真夏に吹雪。そんなの、明らかにおかしかった。
突然のことに逃げ惑うボクたち。そんなとき、キャンプ場の比較的近い場所に祠を見つけた。いま冷静に考えてみるとそれはとても不思議なことだったけれど、偶然その祠に居合わせたボクたち7人は、吹雪が収まるまで、その祠の中に避難していた。
吹雪が止み、ボクと一緒に避難していた太一さんたちは、様子を伺うために外へと出て行った。ボクは持っていたPHSの電波が復活しているかが気になって、何度かパソコンでインターネット接続を試みてみたけれど……だめだった。
それでもボクが諦めずにパソコンに向かっていると、祠の外からボクを呼ぶ声がした。その声の主は太一さんだった。慌ててパソコンを片付けて外に出ると……みんなが空を見上げて歓声をあげていた。つられて空を見上げると、なんと上空にオーロラが発生していたんだ。
太一さんやミミさん、タケルくんは純粋に感動しているようだったけれど、ボクは「それの不可解さ」のほうが気になって仕方がなかった。だって、日本でオーロラなんて――
ボクが疑問に思っていると、上空のオーロラの向こう側に、謎の渦のようなものが見えた。 次の瞬間、その渦から、とてつもないスピードで、謎の機械が飛来した。手にしたそれは、ポケベルでも、ケータイでもない――のちにデジヴァイス、という名が分かる――見たこともない機械だった。その謎の機械のことを、考える時間もないうちに、突如現れた次元の裂け目に、ボクたちは飲み込まれてしまった。
ふと気がつくとボクたちは、デジタルモンスター、通称・デジモンと呼ばれる生物が住む世界の「ファイル島」という場所にたどり着いていた。
デジモンたちが住むファイル島は、ボクたちがいた世界とはまるで違う場所だった。デジモンという聞いたこともない生物、ファイル島という聞き慣れない地名、見たこともない植物、そして、見慣れない不思議な光景――
そして、ボクたちにはそれぞれ、一体ずつデジモンがついてきていた。ボクたちがこのファイル島で気が付いてから、ずっと彼らは、ボクたちの後をついてくる。
太一さんは、ピンク色で薄くて長い耳を持つ、大きな口と大きな目をしたコロモン。
ヤマトさんは、頭に生えた大きなツノが特徴的で、茶色い毛に覆われたツノモン。
空さんは、歩く球根のような……そんな姿に頭の上に大きな花を咲かせた、ピンク色の体をしたピョコモン。
タケルくんは、4本足で歩く、なんと説明すればいいのか解らないけれど、ハムスターとかそんな感じの可愛さがあるような、真っ白い体にコロモンのような耳を持つトコモン。
丈さんは、これもまた表現が難しいのだけど、海の生き物にいそうな、アザラシとか、深海にいそうな生き物に近いのかなと思う、プカプカ浮いて移動する灰色の体のプカモン。
ミミさんは、トコモンのように4本足で歩くのだけど、植物の種から芽が出たような……そんな状態の生き物な、黄緑色の体をしたタネモン。
最後に、ボクのデジモンはピンク色をした、お餅……のように膨らむ面白い体をしていて、なおかつ、関西弁でしゃべる、謎の生き物……じゃなかった、デジモンのモチモンだ。
この小さなパートナーたちとボクたち7人は、分からないことだらけのこの島を、探検し始めたのだ。いや、この島でボクたちの前に最初に現れ、襲ってきたクワガーモンと戦ったときに、
コロモンは、黄色い小さな恐竜のような姿のアグモンに。
ツノモンは、珍しい柄の毛皮を着たガブモンに。
ピョコモンは、ピンク色の鳥の姿のピヨモンに。
トコモンは、オレンジ色の空飛ぶハムスター、パタモンに。
プカモンは、さらにアザラシっぽくなったゴマモンに。
タネモンは、南国のような花を咲かせたパルモンに。
そして、モチモンは……大きなテントウムシのような姿のテントモンへと、それぞれ進化したんだ。
普通、進化というものは、ひとつの「種」全体がより高度な種に「変化」することを言う。なのに、ボクのパートナーであるテントモンをはじめ、デジモンの進化というのは謎に満ちている。というより、デジモンの進化だけではなく、このファイル島自体が、謎に満ち溢れていた。
海岸に置かれた電話ボックス。森にある交通標識。湖の路面電車。砂鉄で構成されている砂漠。その砂漠にある電柱。無人の巨大な工場。おもちゃが暮らす街。寒さが厳しい雪原地帯。ムゲンマウンテンのある険しい山岳地帯――
驚くべきことに。これらは全て、同じ島にある。
ボクたちの世界ではありえないこと、ありえないものばかりがこの島にはあるのだ。
ボクたちは行く先々で、凶悪なデジモンに襲われた。
まず、さっきも言ったけれど、到着して早々にクワガーモンに襲われ、崖の上から下流のほうまで流されてしまった。
そのあとにたどり着いた海岸地帯ではシェルモン、そして湖ではシードラモンに襲われた。シェルモンは太一さんのアグモンが進化したグレイモンが。シードラモンはヤマトさんのガブモンが進化したガルルモンが。それぞれのパートナーが進化して、倒してくれたんだ。
それから先は、謎の黒い歯車に悩まされた。
黒い歯車は、デジモンたちに体内に入り込み、入り込んだデジモンを凶悪化させる。空さんのピヨモンがバードラモンに進化し、応戦したメラモンも、ミミさんのパルモンが進化してトゲモンとなり、戦った相手のもんざえモンも。丈さんを襲い、ゴマモンが進化したイッカクモンが黒い歯車を外した、ユニモンもそうだった。
ボクたちのデジモンより明らかに格上だったサイボーグデジモン、アンドロモン。グレイモンとガルルモンの二体がかりでも歯が立たず――ボクのテントモンが進化した、カブテリモンの素早さで攻撃を避け、弱点らしき右足――そこには黒い歯車が入り込んでいた――を狙い撃ちして、なんとかアンドロモンを正気に戻すことに成功したんだ。
デジモンを凶悪化させる、黒い歯車の正体とは何なのか。
島で一番の高台であるムゲンマウンテンに登って、このファイル島が絶海の孤島であると知ったボクたちは、途方に暮れていた。いったいこの先、どうしたらいいのか――
そんな矢先に、ボクたちに襲い掛かってきた二体のデジモン。オーガモンとレオモンだ。ボクたちのデジモンが言うには、レオモンはいいデジモン、らしかったのだが。レオモンはボクたちに襲い掛かってきた。のちに、レオモンにも黒い歯車が埋め込まれていた、ということが分かったのだけれど、その時点では、疲れ切っているボクたちのパートナーに進化して戦ってもらい、なんとか退けることができた。ちなみに、オーガモンのほうは正真正銘の悪いデジモン、というのはゴマモンの談だ。
山に登り、おまけに戦闘もあり、ボクたちの疲れはピークに達していた。そんなとき、ボクたちの前に現れた、大きな館。それは「あるデジモンの罠」だったのだけれど……そうとは思いもせず。デジモンたちも疲れていたし、館の中に入ることにした。
そしてその日の夜遅くに姿を現した、この館の主であり最初の強大な敵、デビモン。
館も、大広間にあった食べ物も、お風呂も全て幻だったことは、目が覚めてから知ることになった。寝ていたところを強襲され、ボクたちはなにがなんだか分からなかった。きっとあれは、デビモンの策略だったのだと、いまは思える。
その「デビモンの策略」により、一度はバラバラに引き離されてしまったボクたちだったけれど、それぞれ、パートナーや近くに流れ着いていた仲間と協力して、なんとか再び集まることができた。
デビモンを倒して元の世界に戻る。正気に戻ったレオモンの話を聞いたボクたちは、強い決意とともに、ムゲンマウンテンへ赴き、戦いを挑んだ。
しかし、デビモンは闇の力を取り込んで巨大化し、ボクたちに襲い掛かってきた。カブテリモンやグレイモンたちでは全く歯が立たず、みんな次々に倒れていき、タケルくんとパタモンにデビモンの魔の手が忍び寄った。
デビモンがタケルくんを握り潰そうとした、その瞬間。
突如、強い光が輝き、空に昇っていった。その光はパタモンから発せられたもので、パタモンはエンジェモンへと進化したんだ。エンジェモンは、闇の力に対して強大な力を発揮する。エンジェモンは、ボクたちのデジヴァイスの聖なる光と、己の全てをかけ、デビモンを倒したんだ。
でも、その代償に――
エンジェモンは力を使い果たし、デジモンのタマゴであるデジタマにまで戻ってしまった。
こうして、デビモンとの死闘をなんとか制したボクたちは、その後現れた、ゲンナイという謎の老人の導きのもと、サーバ大陸へと渡ることになったのだ。
最初、ボクを含めた太一さん以外のみんなは、サーバ大陸へ行くことを渋っていた。けれど、タケルくんの思わぬ強い意志と決意に感化されて、ボクたちは行くことを決めた。
そして明日。ボクたちはサーバ大陸に向けて出発するんだ。
ボクは「未知の新大陸」に上陸するという、ワクワクした気持ちで……。と、そこまで考えを巡らせたとき、ボクはハッとした。そうか。この気持ちは――未知の世界に対するワクワク感か。なんだかとても、久しぶりに湧き上がってきた感情のような気がする。こんな気持ちで眠れないのは、いったい、いつぶりなのだろう――
「なんかボク、忘れていることがあるような」
そう、こういった何かしらの理由で眠れないとき、ボクにはしていたことがあったのだ。なかなか寝付けないときにしていた、ボクのとっておきの行動があったはずなのに――
「……あっ! そうか!」
考えた末に、ボクは突然思い出した。何か面白いものを発見した時のような、そんな嬉しさを感じて、思わずみんなを起こしてしまいそうな、大きな声を出しそうになった。
「……っ!」
ボクは慌てて口に手を当て、声をひそめた。さらに息も殺し、恐る恐るみんなのほうを見た。けれど、熟睡してしまっているせいで、誰も起きそうにないようだ。ひとまずボクはホッとした。
「危ない、危ない。みんな眠っているのだから」
あまりの目まぐるしさに、忘れていたあの方法。
ボクは久しぶりに、それをやってみることにした。
この世界に来てからは、やるのは初めてだ――
一度、「それらしきこと」をしたことがあったけれど、あれは、このファイル島がどういったところにあるのか。地球の北半球なのか、それとも南半球なのか――それを調べるために夜空を見上げて、北極星と南十字星、そしてその他の星座を探すためにしたのだ。そのときは……ワクワクなどしなかった。
ボクは「眠れないときのとっておきの方法」をやるため、出来るだけ音を立てないように、みんなの輪から抜け出し、誰もいないほうへと歩き出した。

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