キミと見たいつかの夜空 - 17/20

3:2002年7月のある日 自宅にて、夜も更けたころ

あの夢を見た日から、数日後の夜更け。僕はいつものように、パソコンで作業をしていた。今日はお父さんとお母さんが親戚の家に出かけていて、僕はひとり留守番だ。心置きなく夜遅くまで作業ができる。
「ふう。一旦休憩しようかな」
僕は一息いれるためになにか飲もうと、キッチンのほうへ飲み物を取りに行った。
僕が部屋に一歩、足を踏み入れた瞬間、明かりをつけなくても部屋が明るいことに気がついた。
「あれ、どうしてだろう」
ベランダから、月明かりが差している。もしかしたら、今日は満月なのかもしれない。僕は外が気になった。
ダイニングルームはベランダに繋がっている。深夜だから近所迷惑にならないよう、静かにガラス戸を開け、ベランダに出て、上空を見てみた。
「やっぱりそうだ。綺麗だなあ……」
僕の予想は当たっていた。夜空に浮かぶ、まんまるい月。そして、その周りに浮かぶ星々。現在、夜中の1時をまわっている。地上は明かりも少なくて、不夜城と例えられる東京の街でも、星が比較的よく見えた。
だけど……
「やっぱり、あの星空には敵わないな」
そう、あのとき、デジタルワールドで見た夜空とは、比べ物にならない――
僕はふと、先日見た夢と……昔、デジタルワールドで見た、あの夜空のこと、そして昔の自分のことを思い出した。
かつて僕は、眠れないときに部屋の窓から、あるいは、こっそりベランダに出て、星を眺めていた。その理由は……とにかく無心になりたかったのだ。僕は「あのこと」について、考えたくなかったから――

『でも、気づいてるんじゃないかしら。あの子が私たちの本当の子供じゃないってこと。養子だってこと――』

僕は幼い頃に、自分が両親と血のつながりがない「養子」であることを、偶然知ってしまった。その話を耳にしてしまって以降、僕はどんどんおかしくなり、このままでは自分が壊れてしまうような気がした。
この状況をなんとかしなきゃと僕がとった苦肉の策は、ふたつある。
ひとつは、自分以外の人間……両親を含めて――と距離を置くこと。人とどう接すればいいのか、それが分からなくなって、自分に自信が持てず、人間関係に臆病になってしまった。あの頃の僕にとって、他人と関わりを持つことは、とてもつらいことだった。
そしてもうひとつは、僕が養子だという、その事実を考えないようにすること。
いま現在、僕の最大の趣味であり、特技でもあるパソコンは、つらい事実を考えないようにするための手段としてハマったのだ。他人との関わりを極力避け、本当の自分を見せぬようにふさぎ込むことしか、当時は考えられなかった。
あれから、紆余曲折の末……エテモンの次の敵である、ヴァンデモンの東京侵攻の混乱の最中、ビッグサイトで僕は両親に本当のことを話してもらうことができ、和解することができた。お父さんもお母さんも、僕が本当の子供じゃなくても僕のことを、本当に大切に思ってくれていたのだ。僕の本当の両親のことも――知ることができた。
自分という存在を、そこで初めて肯定することが出来て、自信が持てるようになった。
そして、自分のアイデンティティーを知って思い出したのは……デジタルワールドで太一さんに言われた『僕が本当は何者であろうと、僕が僕であることに変わりはない』という言葉。あの言葉は本当だったと、そのことに驚いたのだ。そして、太一さんがそう言ってくれたことを、心の中で何度も感謝した。
デジタルワールドと僕たちの現実世界を救うための冒険。3年前の出来事は、双方の世界にとって、とても重大な出来事であったし、僕自身にも、大きな転機をもたらしたのだ。
まず、信頼できる仲間ができた。
中でも太一さんは、なんでも、とまではいかないけど、よく相談に乗ってくれるし、僕が一番信頼している人だ。
それに、親友と呼べる大切なパートナー、テントモンもいる。
そして。なにより忘れてはいけない、ミミさんのこと――
僕はあの冒険の日々で、ミミさんのことが好きだと自覚してしまった。
デジタルワールドに行く前から、僕とミミさんは同じクラスだったのに。そのときは何とも思っていなかったのに――
いや、恋などする気持ちの余裕が、そもそもなかったのだ。僕はデジタルワールドに行く前は、ふさぎ込んでいたのだから――
あの長くて短い夏休みが終わってからも、ミミさんとは相変わらず同じクラスだったし、夏休み前より、よく話をしていた。周りのクラスメイトたちは、夏休み期間中に、僕たちの間に、なにが起きたのかと不思議がっていた。
けれどもそれは、僕とミミさんがあちらの世界の時間で、1年ほど共に旅をしていて、その分だけお互いの距離が近かったのだから当然なのだ。
ミミさんはよく、授業中に小さなメモ用紙に書いた手紙を僕に渡してきた。話したいことがあるなら、授業が終わってから話せばいいのに――と思いながらも、僕は黙ってその手紙を受け取り続けた。その手紙、実はいまでも、僕の手元に残っている。
それから時が進み、僕が6年生になった2001年の秋。
ミミさんはお父さんの仕事の都合で、アメリカへと旅立っていった。
別れの瞬間(とき)。
『さよなら』
時は着実に流れていく。少しずつ僕たちは大人に近づいていく。時を止めることは、どんな発明をもってしても不可能なのだ。例え時を止められたとしても、僕たちは、いつまでも同じ場所にいるわけにはいかない。
優しい、この場所に、いつまでも留まり続けてはいけないのだ。
『ええ、さよなら』
悲しみを隠したその向こうで、
君とまた出会える日が来るまで――
たとえ別れがつらくても、悲しくても、
僕たちは前に、進まなくてはいけない――
ミミさんがアメリカに渡ってからというもの、何か特別なことがない限り、簡単にはミミさんに会えなくなってしまった。
「ミミさんも、この星を見ているといいな。……って、アメリカはいま昼間か」
日本とアメリカ。東京とニューヨーク。
今は遠く離れて、簡単には聴こえないはずのその声に――
『光子郎くん。絶対、ぜったい、また会おうね!』
僕は無意識のうちに頷いた。
ええ。必ず、また会いましょう――
「ミミさんに……会いたいな」
またいつか、ミミさんと一緒に、あの星空を見たい。そう僕は思った。
ちょうどそのとき、夜空に一筋の流れ星が現れた。
「流れ星、か。こんなときミミさんなら、なんて願うかな」
ミミさんに会いたい、僕はあの頃とは違って、割と素直に、流れ星にそう願った。

星を見た後、自分の部屋に戻ってきた僕は、ある異変に気がついた。
「あれ……?」
僕のパソコンのモニタが、やけに明るく光っていたのだ。モニタを覗き込むと、なんと、デジタルワールドへのゲートが開いていた。
「このパソコンに?」
僕はゲートを見ているうちに、不思議と行かなくてはいけないという焦燥感に駆られた。
「みんなに連絡する時間はない……行くか」
僕は光を放つパソコンのモニタに向かって、デジヴァイスをかざした。すると、光はより一層強くなり、僕はパソコンモニタの中に吸い込まれて行った。
光に導かれてたどり着いた先。それは……
「ここは……デジタルワールド?」
そう。デジタルワールド。僕のデジヴァイスでは、容易にゲートを開くことが出来ぬはずの。
「普通に、デジタルワールドに来られた……どうしてだ?」
僕はやや俯き加減で、いつものように考察を始めた。
僕は時たま、D3の持ち主である京くんに、調査研究のため借りていることがある。D3のデータ構造を調べるためだ。
しかし、いまは手元にない。ということは。
「つまり、偶発的にゲートが開いた、ってことなのか……?」
そのとき、誰かの声が聞こえた。

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