キミと見たいつかの夜空 - 15/20

「それに、あの星々を見ていると、自分の中に抱えている悩みとか不安、そういうものがすべて消えていくような、忘れられるような……そんな気がして」
「え……」
「? どうしました、太一さん」
「光子郎……おまえに、悩みなんてあるのか?」
太一さんは、とても意外そうな顔をしていた。
「悩みくらいありますよ、ボクにも……」
「そ、そうだよな。おまえさ、いつもなんでも分かっているから。オレなんかより、たくさんいろんなこと知っているから――悩みなんてないのかと思っていた。ごめんな」
「いえ……そんな、謝らないでください」
誤解や勘違いというものは、よくあることだ。ボクはそれに慣れている。
「で、おまえの悩みってどんな悩みなんだ?」
「あたしも気になる! 教えて、光子郎くん!」
「それは……」
「誰にも言いふらしたりしないから。な?」
「お願い!」
そうふたりに迫られて、ボクは困ってしまった。だって、ボクの悩みが……ボクのお父さんとお母さんのことだなんて言えるはずもなく。
「おふたりには、理解出来ない話なんじゃないかと、ボクは思います」
と、言って突き放してしまった。
「なんだよそれ。悩み事があるなら、もったいぶらないで言えばいいのに」
「そうよ、光子郎くん! あたし、光子郎くんの力になりたいの」
ふたりの気持ちはうれしい。ボクを思って言ってくれているのは、よく伝わって来る。
だけど……
『でも、気づいてるんじゃないかしら。あの子が私たちの本当の――』
自分が本当は何者なのか、自分でも分からないボク。
本当のことを知るのは、こわい。でも……いずれ、必ず知ることだ。それが、早いか遅いか、それだけのこと。
ただボクは、それを、あまりにも早く知りすぎたのだ。
どうしてそれが分かるのかというと、あのときから時間が経っても、お父さんとお母さんは、ボクにそういう話をしそうな素振りを、ボクの前では見せないからだ。もしかしたらボクが大人になるまで、言わないつもりなのかもしれない。
ボクのこころに寄り添おうとしてくれる、太一さんとミミさん。そんなふたりに対して、いますぐにでも、打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。
でも、いまはそのときじゃない。
だって、ボクもあのとき、不幸にも偶然聞いてしまって以来、怖くてお父さんとお母さんに聞くことができないから、本当のことをちゃんとは知らないのだ。
もしかしたら、あのときのショックで……ボクが事実を誤認している可能性も、否定できない。だから――
「おふたりの気持ちは、とてもうれしいです。でも……いまはどうしても話すことができません。いつか――話せるときが来たら、お話しします」とだけ言った。
「いつか、っていつだよ」
太一さんがじれったそうに、聞いてきた。
「明日かもしれないですし、はたまた一年後かもしれませんけど……それでもよければ」
明日、というのは現状ありえない話だけど、含みを持たせないと、太一さんもミミさんも納得しないだろうと思って、ボクはあえてそう言った。少しの沈黙のあと、ふたりは口を開いた。
「分かった。おまえが、話したくなるまで待ってやる。な、ミミちゃん」
「うん!」
意外なほどあっさりと納得してもらえたことに、ボクは正直驚いた。と同時に安堵した。
「あたしはいつだって、光子郎くんの味方だから!」
「なっ……お、オレだってなあ! 光子郎の味方だぞ!!」
「太一さん、なにムキになっているんですか」
「だ、だってよお」
太一さんが珍しく駄々を捏ねる素振りをした。ボクたちは顔を見合わせて笑った。

いまのボクの願い。
お父さんとお母さんに、本当のことを話してもらいたい。
この不思議なデジモンたちの世界のことを、もっと……もっと知りたい。
そしていつの間にかボクは、もっと、この世界にいるこの時間が長く続けばと。みんなともっと一緒に過ごしたいと、願うようにもなっていた。
いまは、先の見えない日々が続いている。
ボクたちはまだ、エテモンを倒していない。
それに、カブテリモンやグレイモン、トゲモンたちは、それよりも上の進化をしていない。
なにより、この冒険は……この旅はどこまでたどり着けば終わりなのかも分からない。
分からないことだらけなのだ。
答えや正解の見えない旅。
いつまでこの日々が続くかは、誰にも分からない。
いつ、この日々が終わるかも、誰にも分からない。
でも、一つだけ言えることがある。
それは……いつかこの日々も必ず、
終わりは訪れる、ということ。
この旅が終わるとき。そのとき、ボクたちは……
いったい、どうなっているのだろう。
旅が終わっても、元の世界に戻っても。
こうしてみんなと、一緒にいられるのだろうか。
ミミさんと、一緒に、いられるのだろうか――
この時間が終わらないでほしい。
ミミさんと、もっとずっと一緒にいたい――
わがままだとは思っても、ボクはそう強く思い、願った。
ふとボクが、ミミさんのほうを見る。すると、
ミミさんはボクの顔を見るなり、にっこりと笑った。ボクの胸はまた、ドキドキした。
この気持ちの高鳴りは……いったいなんだろう。ミミさんのことを想うたびに、そうなるんだ――

あれから少しして、ミミさんとパルモン、そしてテントモンが眠くなったということで、ボクたちだけの、秘密の星を見る会はお開きとなった。ボクはあと少しだけ、余韻に浸っていたかったから、ボクの次の見張り番の太一さんと、今後の旅路の相談や、他愛のない話をして時を過ごしていた。
「なあ、光子郎。さっきのいつか……って話だけど、オレにだけこっそり教えてくれる、とか……ナシ?」
太一さんは、さっき言いかけたボクの悩みごとが、どうしても気になるらしい。
「ナシですね、すみません」
現時点では、なにがなんでも言うつもりのないボクは、はっきりと太一さんにそう告げた。
「そうか……」
一言つぶやくと、太一さんはうなだれてしまった。その様子を見て、ボクは少し心が痛んだ。
太一さんはボクのことを、いつも気にかけてくれる。お台場小のサッカークラブでも、特別目立つわけでも、サッカーが上手いわけでもないボクに対しても、よくしてくれる。
ボクはそんな太一さんのことを、尊敬しているのだ。
尊敬している先輩であり、信頼している仲間でもある太一さんに対して、時間が経つにつれ、さすがに失礼だと思えてきた。だから遠回しに、太一さんへこんな質問をした。
「太一さんは、自分が、もし自分じゃなかったら……どうします?」
「は?」
ボクの予想通り、ボクの唐突な質問に、太一さんはぽかんとしている。
「もし、これまで自分が思っていた自分が、本当は何者か分からなかったとしたら……太一さんはどう思いますか?」
「うーん、それってさ『もしオレが“八神太一”じゃなかったら』、ってことか?」
太一さんから、ボクの意図するところからは、遠からず近からずな答えが返ってきた。
「厳密に言えば違うんですけど……まあ、そういうことにしておきます」
これ以上質問について掘り下げると、墓穴を掘ってしまいそうだったからやめた。
「んー、そんなこと言われてもなあ。オレはオレだし」
太一さんは少しの間、考え込んでいた。そして突然、なにかを閃いた様子を見せた。
「あっ……。『自分が自分じゃなかったら』って、そういうことか……」
太一さんは、自分でなにかを納得したように、何度か小さく頷いて、また黙り込んでしまった。
それから少しして、太一さんはボクにこう切り出してきた。
「光子郎、おまえさ。さっき自分が何者か分からない、って言っただろ?」
「ええ」
「大丈夫。おまえは、なにがあってもおまえだよ」
ボクはその言葉の意味が分からなかった。だから、
「えっ? それ、どういうことですか?」と聞いてしまった。
太一さんの答えはこうだった。
「だってさ、同じ人間って、この世にひとりもいないと、オレは思うんだ。おまえは、自分が何者か分からなくて、不安なんだろ? だけど、自分が何者か分からなくたって、変わらないものがある。それはな、オレがこの世にひとりしかいないように、おまえもこの世にひとりしかいないってこと。つまりさ、本当のおまえが何者だろうと、光子郎は光子郎だろ? オレはそれで、いいと思うけどな」
自信たっぷりに、そしてボクを安心させるように太一さんは微笑んだ。ボクの家の、本当の親子関係の問題など知らぬ、太一さんのまっすぐな言葉。その言葉は静かに、そして確実に、ボクの心の中に響いた。
「それにおまえは、ひとりじゃない。オレやミミちゃん、ほかのみんなだってついてる。だから……」
太一さんはいつになく真剣な顔つきになって、こう言った。
「なんでもひとりで抱えこむな。いいな?」
「……はい。分かりました。ありがとうございます、太一さん」
こんなボクのことを、本気で心配してくれる人が身近にいること……ボクはそのことを、とても嬉しく思った。
「それと、もうひとつ」
「なんですか?」
「もしかして光子郎は……ミミちゃんのこと、好きなのか?」
「えっ……!」
太一さんから思いもよらぬ質問が来て、ボクはうろたえた。
「誰にも言ったりしねえよ。どうなんだ?」
「ボク……好きとかそう言うのが、実はよく分からなくて。でも」
「でも?」
「ミミさんのことを考えたり、想ったりすると、胸のあたりがドキドキしたり、ザワザワしたりするんです。この気持ちが一体なんなのか、それが分からなくて――」

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