キミと見たいつかの夜空 - 14/20

ボクのお父さんとお母さんのこと、そしてミミさんのことは、ボクの心の中に秘めておいて……ボクの抱いている望みを打ち明けることにした。
「この世界のことを、もっと知りたい、です」
太一さんとミミさんは、ぽかーんとした表情になった。
ボクが何を言っているのかが分からない、と言いたいような雰囲気を感じたから……ボクは慌てて補足した。
「あ、あの。ボクも元の世界に、帰りたいと思ってはいます。やっぱりボクだって、家に帰りたい。お父さんとお母さんに会いたいですし。でも……この世界で旅を続けているうちに、この不思議な世界のことを、もっと知りたいと思ったんです。この世界やデジモンは、ボクがこれまで出会った物事の中で、一番興味を持ったもので。知れば知るほど、謎が深まるこの世界を……面白い、ってボクは思ったんです。それに、この世界の仕組みを知れば……もっと早く元の、ボクたちがいた世界に戻れるんじゃないか、って。ボクたちの旅の、みんなの役にも、立てるんじゃないかと思って――」
ボクはこの世界に来て初めて、両親以外の他人に必要とされたいと思っていた。
実を言うと、ボクの一番の悩み……それによって、ボクは取るに足らない、つまらない人間なのもしれない、と自分に自信が持てなくなっていた。
だって、ボクは……ボクが本当は、どこの誰なのか、それが分からないなんて――そんな存在のボクは、きっと、いてもいなくても同じなんだ――そう思っていた。
でも、この世界に来てから、みんなと一緒にいることで、ボクはここに、みんなの輪の中にいてもいいんだと。居場所を、役割を見つけることが、出来てきた気がするのだ。
ボクだって、この世界に来たくて来たわけじゃない。でも、突然……理由は分からないけれど、この世界に来たことによってボクが本当に求めていたもの、かけがえのない大切なものを、手に入れることが出来そうな、そんな予感がしていた。
「だからボクは、この世界のことをもっと理解して、みんなの役に立ちたいです。この世界のことをもっと知りたい……それがボクの願いごとです」
ここまで一気に言い切ると、ボクはうつむいて顔を上げられなくなった。ようやく自分のやりたいこと、すべきことが見つかったような気がしてはいたけど、完全な自信はない。こんな偉そうなことを、言ってしまって良かったのだろうか、と不安になった。
そんなとき、太一さんが口を開いた。
「そりゃあ頼もしいな!」
太一さんから、そんなことを言われるなんて、思ってもみなかったボクはビックリした。
「オレ、いっつも光子郎に頼ってばかりだけど……これからも頼りにしてるからな!」
そう言った太一さんは笑顔だった。太一さんは、ボクたちの中心にいるリーダー的存在だ。その人に頼りにしている、と言われてとても嬉しかった。
一方、ミミさんは驚いた表情を見せて、こんなことを言い出した。
「光子郎くんって、すごいのね。あたしが思っている以上に、ちゃんといろいろ考えていて。それに比べて、おうちに帰りたい、ってばかり言っているあたし。すごく恥ずかしい……」
そして今度は、ミミさんがうつむいてしまった。
次の瞬間、
「ミミさんはそこにいるだけで、その場の空気が明るくなります!」
ボクは思わず、口走っていた。
「ミミさんは、自分に正直なだけだと思います。……正直、ボクはそんなミミさんのことが羨ましいです」
ミミさんはボクの言葉に、驚いた様子だった。
「えっ……? あたしのことが羨ましいの?」
「はい。実は、ボク……ミミさんみたいに自分に正直に、素直になれなくて、ずっと悩んでいるんです」
あれ、ボクは……なにを言っているのだろう。こんなこと、話すつもりはなかったのに――
「ミミさんのそういう純粋で、素直なところ――ミミさんの長所だと、ボクは思います。だから、自信持ってください」
ボクがそこまで言い切ると、
「へえ、光子郎も、なかなかいいこと言うじゃん」
と、太一さんが意外そうな顔をして言った。ここで。
「あ、オレからも、ミミちゃんに言いたいことがある」
「え、なに?」
身構えたミミさんに、太一さんは静かに話し始めた。
「ミミちゃん、オレさ……この前、アグモンをスカルグレイモンに間違って進化させちまっただろ? それで、アグモンはコロモンまで退化しちゃって……あのとき正直、かなり堪えていたんだ。それで自分が情けなくて、落ち込んでいて。砂漠の真ん中を歩いていたあのとき。ミミちゃんがオレのこと励ましてくれたこと、オレ、本当に嬉しかった。やってしまったことを、なかったことには出来ないけど……ミミちゃんのその一言にオレ、ずいぶん救われたよ、ありがとう」
太一さんはいつも前向きで、ボクたちの先頭に立っていて、大胆で細かいことを気にしないようにも見える。
でも、思いやりのある優しい一面を持つのも、ボクは知っている。そして、周りをみていないようで、ちゃんと見ているところも。
だからこそ、例の一件のときの太一さんは、いつもの太一さんらしくない、ひとりで空回りしているような――空さん曰く、人が変わってしまったような、そんな印象をボクも持ってしまっていた。
あの一件は、後味の悪い結果に終わってしまったけれど、ボクたちに大きな教訓を残してくれたし、なにより太一さんとアグモンも、紋章を手に入れたときのプレッシャーや、進化に失敗したときの恐れから解放されたのではないか、と想像する。太一さんより年下のボクが、こんなことを思ったら失礼なのは重々承知だけれど、いい意味で肩の力が抜けたように思う。そこにミミさんが一役買ったのだ。
ミミさんにとっては、何気ない一言だったかもしれない。けれど、それは、太一さんのことをちゃんと勇気づけた。
長い旅をするには、太一さんのような行動力・決断力がある人や、僭越だけどボクみたいに物事、そして対峙する相手の分析をする人も必要かな、と思う。そして、ミミさんのように自分の本音を嘘偽りなく、ズバッと言えて、優しい言葉をかけてあげられる思いやりのある人も、もちろん必要だ。
もしかしたら、必要のない人間なんて、いないのかもしれない。――自分自身に対しては確信を持てないのだけれど。
「ふたりとも……そんなふうにあたしのこと思っていてくれていたなんて……うれしい! ありがと」
ひとまず、ミミさんも気持ちが落ち着いたようだ。よかった。ボクたちは一安心した。
「ミミさんは、ワガママなところもありますけど……」
ミミさんはボクの話に、すかさず金切り声を上げた。
「え! なによう、ワガママって!」
「あ、あの……ボクの話を、最後まで聞いてください。ワガママなところもありますが、ミミさんは、優しくて、思いやりがあると思うんです。ミミさんはよく、みんなに優しい声をかけるでしょう? それは、どうしてなんです?」
他人に対して、珍しく直球で質問したボクは、ミミさんからどんな返事がくるか、ドキドキしながら待った。
「え……あたしは――やっぱり、みんなに笑顔でいてほしいの。だから、あたしは落ち込んでいたり、悲しんでいたりする人がいたら……元気になってほしいって思うの!」
そう言って、ミミさんは微笑んだ。
ミミさんは可愛い。そして天真爛漫な性格だ。だけどワガママで、自分勝手なところもあって、ときにボクたちを困らせることもある。
だけど本当は。本当のミミさんは――
誰よりも純粋で、誰よりも優しくて。
誰よりも素敵な人なのだと、ボクはそう密かにそう思っている。

「ところで。おまえらふたりだけで、いやテントモンとパルモンもいるけどさ。こうして星を見ているなんて……もしかして、デート中か?」
太一さんは、なんとも言えない笑みを浮かべながら、ボクに聞いてきた。それを聞いて慌てたボクは、「ち、違います!!」と必死になって否定する。
「うーん、どうかしら?」
「ち、ちょっとミミさん……」
ミミさんの思わぬ返しに、困ったような声を出してしまった。ミミさんは、ボクの顔をチラッと見てから言った。
「うふふ! デートなんてしてないわ! ふたりで星を見ていただけよ。ね? 光子郎くん!」
「ふたりで星を見るって……それってれっきとした、デートなんじゃないのか?」
怪訝な表情を浮かべて、なかなか納得しない太一さんへの弁明を兼ねて、ボクは以前、ファイル島でも同じようなことをしていたことを、太一さんに説明した。
「へえ。ふたりして、前にもそんなことしていたのか」
「うん! ファイル島にいたときにね、眠れないときは星を見るといいって、光子郎くんが教えてくれたの!」
「ふうん……そうなのか」
ようやく太一さんは、一応の納得をしてくれたようだ。
「っつーか、光子郎もさ、眠れなくなるまで、そんなにいろいろ考えることねえだろ?」
「そう言われても……ボクの性分なので、仕方がないんですよ」
そう、ボクにとって「考える」ことは「生きる」ことと同じだから――
「性分、か。さっきの『願いごと』もそうだけど……なんだかおまえらしいよな」
そう言って太一さんは笑った。
「ひとつ質問していいか?」
「どうぞ」
「おまえが、星を見るのが好きだなんて、意外だと思ったんだけど。この世界の星空は、元の世界の星空とは全然違う、って前にも話になったよな。知っている星座もないのに、星を見るなんて……なにが面白いんだ?」
太一さんは率直な疑問をボクにぶつけてきた。人によって、物事への興味の度合いは違うから、太一さんのような感じかたをするのもよく分かる。
「太一さん、物事って視点を変えて見ると、とても面白いんですよ」
「え? どういうことだよ、それ……」
「物事には、いくつもの側面があります。物事のひとつの面をずっと見ているだけじゃなく、別の角度から見てみると、新たな発見があって、気持ちに余裕が生まれると、ボクは思うんです。例えばボクたちが、いま見ている星空。この空には、ボクたちの知っている星座は、ひとつもないです。それって、変だとか、不気味だとか、普通はそう思いますよね。ですが――ボクたちのいた元の世界、東京の夜空に比べると、とても綺麗です。流れ星だって見られて、楽しめます。それは、ボクたちの世界の夜空と同じです。違うのに同じ……それって、面白いと思いませんか? そして、ボクたちの世界とは、違うことだらけのこの世界で、その環境に適応、つまり、慣れることは、生きていくうえで重要だと思うんです。これから先、旅を続けるにも大事だと、ボクは思います」
ボクの話に黙って耳を傾けていた太一さんは、腕を組み「なるほど」とつぶやいた。
「さすが、光子郎はん! この世界とトウキョウの夜空の比較をするなんて、目の付け所がちゃいますな」
「だな。……ってテントモン。おまえ、東京の夜空、見たことないだろ」
「あっ……。そうでしたわ。えろうすんまへん」
太一さんの的確なツッコミに、テントモンは首をすくめて謝った。それを見ていたミミさんとパルモンが、クスクス笑っている。

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