気まずい沈黙。
ボクは、自分が考えていた、もう一つの仮説の話も、ミミさんにすることにした。
「しかし、ボクが考える、もうひとつの仮説が正しければ、希望が持てるかもしれません」
ミミさんの表情が、少しだけ変わった。
「ボクたちの世界――元の世界から、このデジモン世界にやってきたときに、ボクたちは向こうの世界にいたときと一緒で、姿形が、全く変わりませんでした。そして、これまでの記憶を失った、ということもありませんでした」
「確かにそうよね。でもそれって、つまりどういうことなの?」
「つまりですね、ボクたちが元の世界に戻ってからも、こちらの世界で経験したことは忘れたりしない、ってことです」
すると、ミミさんの顔つきがパッと明るくなった。
「ほんと!?」
「それも仮説の域を出ない話なので……やっぱり元の世界に帰ってみないと真実は、答えは分かりませんね」
「あたしは、『この世界にいた記憶は、決して消えたりしない』に一票! みんなと……パルモンと……光子郎くんと過ごしたこと、絶対に忘れたくないもの。せっかく光子郎くんと普通に話せるようになったんだし。あっ! 流れ星に強くお願いしたら、叶ったりしないかしら」
そう話すミミさんの言葉に、ボクはひとつのある考えが思い浮かんだ。
「強く願う……もしかしたら」
「どうしたの?」
「ボクが先ほどお話ししたことは、どちらが真実――本当かどうかは分かりません。でも、もしかしたら」
「もしかしたら?」
「強く思えば、強く願えば――思う通りになると、ボクは思うんです」
「思う通りに?」
「ええ。ここにいたことを、みんなで過ごしたことを『元の世界に戻っても、忘れたくない』って強く願うんです。そうしたら……忘れることはないとボクは思います」
「ほんとう?」
「それも正しいかどうかは、全く分かりません。でも、ボクはそう信じます。いや、そう信じたいです。だから、ミミさんも信じてください」
いま、ミミさんにした一連の発言は正直、自分らしくはないと思う。だけど、これならミミさんに届くのではないかと確信していた。その考えは的中していて、ミミさんはいつの間にか笑顔になっていた。
「うんっ! あたし、光子郎くんの言うこと信じてるから。だから」
ボクはミミさんの言葉の続きを待った。
「元の世界に戻っても、あたしと仲良くしてね? お願い!」
ミミさんの思わぬ一言に、ボクの顔の熱が急上昇した。
「そ、それは……ぼ、ボクのほうからもお願いします」
「じゃあ、約束よ? 指切りげんまん、ウソついたら針千本のーます! 指切った! ……はい、光子郎くん。あたしとの約束、絶対守ってよね?」
「分かりました。守ります、必ず」
ボクがそう返事をすると、ミミさんは満足そうに頷いた。
「そうだ。ミミさん、ボクと約束するだけでなく……それを流れ星に願ってみたらいかがでしょう?」
「あっ、そっか! そうよね」
ミミさんは満天の星空を見上げた。そして、願いごとを叫んだ。
「元の世界に戻ってからも、光子郎くんと、みんなと、一緒に、いられますように!」
ミミさんの澄んだ声が、満点の星空の下、軽やかに響く。
ボクも声は出さなくとも心の中で、ミミさんと同じように願った。
*
「ファイル島で見たときよりも、たくさん流れ星が見られるなんて、ラッキーだわ! あたし、すっごくツイてる!」
「うふふ、ミミがうれしいと、アタシもうれしいわ!」
ミミさんとパルモンは、本当に似たもの同士だ。ふたりは一緒に笑い、一緒に泣く。お互いに自分に素直な、いいコンビだとボクは思う。
「この際だから、たくさんお願いしちゃおう♪ 『クレープが食べた~い!』」
ミミさんが願いごとを言ってから間髪入れずに「ねえミミ、クレープってなに?」とパルモンが質問した。
「クレープはね、あたしたちの世界にある、あま~いお菓子で、とっても美味しいのよ!」
「ええ! アタシも食べてみたーい!」
「パルモンもあたしと一緒に、あたしたちの世界にいれたらいいのにね」
「アタシ、ミミとず〜っと一緒にいたいわ!」
「あたしもよ! ……そうだわ、『パルモンと、ずっとずっと、友達でいられますように!』」
ミミさんの願いを聞いて、ボクはテントモンのほうを見た。いつまで一緒にいられるか、分からないけれど――ボクもテントモンとはずっといい関係でいたい、と心の中で思っていた。
「それから、それから――あ~もうっ! 願いごとがたくさんありすぎて困っちゃう!」
ミミさんとパルモンの願いごとは、とどまることを知らない。流れ星にこれでもか、というほど、たくさん願いごとをしている姿を横目で見て、ボクは思わず苦笑した。
「ミミはんとパルモンはホンマ、欲張りでんなあ」
ボクの近くでしか聞こえないほど小さな声で、テントモンはポソリとつぶやいた。ボクも、ミミさんたちに聞こえないような小さな声で「そうですね」と相槌を打った。
「そうだ、テントモン。願いごと決まりました?」
「あ、そういえばそうでしたな! ワテの願いごと……」
少しの間テントモンは、願いごとを考えていた。そして、彼が言った願いごとは――
「せやなあ、ワテは光子郎はんの知らない面を、もっと知りたいですわ」
「え、それって、星に願うことですか?」
いま自分が、どんな表情をしているかは分からないけれど、きっと訝しげな顔をしているだろう。
「へへへ……ダメでっか? 光子郎はんは、なかなか自分のことを話してはくれまへんから、星にでも願わんと」
テントモンは照れくさそうにしていた。そう言われてみると、確かにボクは、パートナーとなんでも言い合える、ほかのみんなとは違って、テントモンにも話せていないことが、たくさんある。そう思うとテントモンに対して、急に申し訳ない気持ちになった。
「ごめんよ。なかなか話すことが出来なくて」
「そんな謝らんといてえな。誰にでも言えないことは、あるでっしゃろし……いつか、光子郎はんの話せるときが来たらでええですから」
「うん。ありがとう」
「で、光子郎はんは決まりましたん? 願いごと」
「ええ」
「あんさんの願いごと、教えてえな」
「ボクの願いごとはですね――」
ボクがそう言いかけたとき、遠くから「おーい」という声がした。太一さんの声だ。
「そろそろ交代するぞ」
「おつかれさま~」
太一さんとアグモンがこちらへ近づいてきた。ボクとテントモンの次の見張り番だからだ。
「太一はん! アグモン」
「よお、テントモン。見張り、交代するぜ」
「光子郎はん。太一はんとアグモンが交代や、って来とりまっせ」
「よっ! 光子郎、お疲れ」
「交代の時間だよ」
「ああ、太一さん。それにアグモンも。もうそんな時間でしたか」
楽しい時間というのは、あっという間にすぎてしまうのだな、とボクは名残惜しく思った。そんなとき、暗がりからミミさんの声がした。
「あっ、太一さ~ん!」
太一さんとアグモンにとって、思わぬミミさんの呼びかけに、ふたりは一瞬固り、戸惑っていた。
「み、ミミちゃん!? なんでこっちに……向こうで寝ていたんじゃなかったのか?」
「それにパルモンも、いったいなにしてるの……?」
「あら、ふたりとも。それはねえ……」
暗がりからパルモンがやってきて、なにかを言いかけたとき、ミミさんが突如、悲鳴のような声をあげた。
「どうした!?」
太一さんが慌ててミミさんのほうへ駆け寄ると、ミミさんが太一さんのほうへ、勢いよく振り向いた。
「太一さん!」
「へ?」
太一さんが、ミミさんのその様子に、あっけにとられていると、ミミさんが夜空を指差しながらこう言った。
「流れ星! いま、たくさん流れているの!」
「えっ、ほんとか!?」
太一さんは勢いよく空を見上げた。
「うわあ……ほんとだ」
「わあ〜〜すごい星だね、太一」
満点の星空と流れ行く星々に、太一さんとアグモンはしばらくの間、言葉を失っていた。それから、「あっ、そうだ」と太一さんがなにかを思い立ち、ボクたちがしていたように、流れ星に願いごとをし始めた。
「太一、なにしてる?」
太一さんの行動を不思議に思ったらしいアグモンが、太一さんに聞いた。
「流れ星、って言ったら、『願いごと』に決まっているだろ?」
自信満々に言い切る太一さんに、アグモンは首をかしげた。
「そうなの? ぼく、分かんないや。テントモンは知ってる?」
「ワテも、光子郎はんやミミはんから話を聞くまで、知りまへんでしたわ。人間っちゅうもんは、えらい変わった趣向を持っているんでんな」
「パルモンは知ってた?」
「アタシも、ミミから聞くまで知らなかったの!」
「そっかあ」
テントモンとパルモンに話を聞いたアグモンは、自分だけが知らなかったわけじゃないことに、安心した様子だった。
「よし、それじゃあ。オレがアグモンに教えてやるよ」
太一さんがニッと笑った。
「いいか? あの流れ星に願いごとをすると……その願いが叶うんだよ」
太一さんの話に、アグモンは嬉々とした。
「えっ! そうなんだあ」
「だからさ、アグモンも……なにか願いごとしてみろよ」
「うん! それじゃあぼくは……おいしいものがたくさん食べたーい!」
「あら、アグモンったら食いしん坊ね!」
パルモンがすまして言った様子に、思わずみんなでどっと笑った。
ここで、ミミさんが太一さんに質問した。
「太一さんは、流れ星になにをお願いしたの?」
「『エテモンをガツンと倒して、この世界を救って、元の世界に帰る!』ってことだな」
その願いは太一さんらしい力強さと、普段彼が周りに言うことはない、本音も見え隠れするものだった。
「あはっ、太一さんもやっぱり、元の世界に戻りたいんだ!」
ミミさんは何故だか嬉しそうだった。
「あったり前だろ! 普段言わないけど……オレだって家に帰りたいさ」
太一さんが自分の本心を話すことは、実は結構珍しい。あくまでもボクの主観だけれど、ボクたちの先頭に立っている人は、滅多に弱音を吐いたりしないのだ。
そのあとボクたちは、少しの間沈黙していたけれど、突然太一さんが、「オレ、もうひとつ願いごとをしようかな」とつぶやいた。
「太一さんって、意外と欲張りなのね!」
「べ、別に欲張りだっていいだろ」
太一さんはどこか拗ねたような感じになった。
「何をお願いするの?」
「ヒカリの風邪が、早く治るように、って」
「ヒカリって……太一さんの妹のヒカリちゃんのこと?」
「ああ、そうだよ。あいつ、タイミング悪く風邪引いちまってな、キャンプに参加していないんだ」
太一さんのその一言で、ボクは思い出した。キャンプに出かける数日前、太一さんの家におじゃましたとき、太一さんの妹のヒカリさんが、キャンプに参加するのを楽しみにしている様子を見たことを。
「なるほど。どうりで、バスの中やキャンプ場で見かけないと思いました。太一さん、ヒカリさん本当は、キャンプに参加する予定だったんですよね」
「そう。楽しみにしていたんだけどな……ほんと」
太一さんはヒカリさんのことを想い、残念そうな表情を浮かべていた。けれどふいに「あ、でも」と言いだした。
「あいつもキャンプに来ていたら……この世界に来ることになっていたかもしれない。オレ、ヒカリを危険な目には合わせたくないから、そういう意味では、あいつがキャンプに参加しなくてよかったのかもしれない」
ヒカリさんのことを想って微笑んでいる太一さんは、いつもボクたちを引っ張っていく、力強いリーダーの顔ではなく、妹想いの優しいひとりの兄の顔だった。ボクにはきょうだいがいないから……こんないいお兄さんがいるヒカリさんのことが羨ましいな、と思ってしまった。
「ところで、光子郎の願いごとってなんだ?」
太一さんに突然質問されて、ボクは慌ててしまった。
「えっ、ボクの願いごとですか?」
「あたしも気になる! 教えてっ」
「えーっと……ボクの願いごとは――」