うつむいたままでいると、テントモンが、
「確かに、この世界に来る前まで、光子郎はんとミミはんは、ただのクラスメイトやったかもしれまへん。それは、接している時間の絶対数が、少なかったからでっしゃろ? いまはちゃいますがな。そしたら、元の世界に戻ったとしても、前みたいな『ただのクラスメイト』とやらまで戻るとは、考えられへんな。いまの時点でも、光子郎はんとミミはんはれっきとした仲間やし、少なくとも友達やおまへんか?」
と言ってくれた。テントモンはさらに続ける。
「紋章のこと、進化のこともそうやけど……難しく考えすぎなんですわ、光子郎はんは。それに、自分を低く見積りすぎやで。もう少し、自信を持ってええと思うんやけどな」
「そ、そうかな」
「光子郎はんがどうしてそないに、他人と距離を取ろうとしはるのか、ワテにはさっぱり分かりまへん。でも、あんさんが思っとるほど、悪くはありまへんから」
「……はい。分かりました」
ほんとうのボクで勝負出来るようになるまで、いったい、どのくらいの時間が必要なのだろう。
「あ! また、流れ星でっせ!」
「本当だ」
あの星々は、こんなボクの願いでも、叶えてくれるのだろうか――
本当のことを知ること、ミミさんのこと。
ボクに、前へと進める、勇気をください――
ボクは心の中で静かに、そう願った。知らず知らずのうちに一歩ずつ前に進み、夜空に輝く星々に手を伸ばしていた。あの星々に、自分の願いが届くように。
そのとき後方で、なにやら物音がした。
「ひゃあ!?」
「テントモン?」
テントモンが発した悲鳴に、ボクが後ろを振り返ろうとしたその瞬間、ボクの視界が真っ暗になった。
「わっ!?」
ボクは突然のことに慌てた。何者かが近付いてきているのに、全く気づかなかった。
「何者です!?」
ボクが語気を強めて聞くと、後方から「だーれだ?」という、明るい、よく聞き慣れた声が返ってきた。やっとの思いで、視界を塞ぐ手を退けて振り向くと、そこにいたのは――
「やっほー♪ 光子郎くん! 驚いた?」
「み、ミミさん!?」
「光子郎くん! 声が大きい!」
「そうよ!」
いつの間にか、パルモンもそこにいて、そのすぐそばには――
「ぱ、パルモン……? いい加減、これ……解いてくれまへんか……?」
パルモンの必殺技である「ポイズンアイビー」に絡まって、思うように動けなくなっているテントモンが、そこにいた。
「テントモン! これはいったい……」
ボクが驚きの声を上げると、それに答えるように、パルモンが話し始めた。
「あのね、ミミが光子郎のこと、驚かせたいって言うもんだから、アタシのポイズンアイビーで、テントモンのことをササッと黙らせて……」
パルモンにそこまで言われてボクはあることに合点がいった。
「なるほど。つまりパルモンは、テントモンのことを先に闇討ちしたわけですね」
「や、闇討ちって、光子郎はん……そないな言いかた、ヒドいでんがな」
「ああ、ごめんよ。パルモン、テントモンに絡めている蔦を解いてあげてください。お願いします」
「もちろんよぉ。ハイ!」
パルモンはそう言って、あっという間にテントモンに絡めていた蔦を解いてくれた。
「ひいい……助かった……」
「ところでミミさんとパルモンは……見張り番でもないのに、こんな時間まで起きていて……一体、どうしたんです?」
ボクがふたりにそう質問すると、
「あ、そうそう! ふたりを驚かすほうに気が行っちゃってて、すっかり忘れていたわ!」
パルモンは、先ほどの緊張感など、まるでなかったかのように、あっけらかんと答えた。
「パルモン……」
テントモンが心なしか、恨めしそうにつぶやいた。
「ボクかテントモンに、なにか用があって来たんでしょう? 話を聞きますよ」
ボクがそう言うと、ミミさんとパルモンは顔を見合わせ、ボクのほうに向き直り、パルモンが話し始めた。
「あのね、ミミがね、なかなか眠れないらしいの。それでね、光子郎なら、眠れるいい方法、知っているんじゃないかと思って、こっちに来たのよ」
パルモンの話を聞いている途中、ファイル島にいた最後の日の夜にも、同じようなことがあったなあ、とボクは思い返していた。
「そうでしたか。分かりました。あの、ミミさん。眠れない、ってことは、またなにか心配事でも」
するとミミさんが、ボクの言葉を遮るように、「ううん!」と否定した。ミミさんは笑顔だった。そして、パルモンに向かって「ゴメン、パルモン。眠れないのは嘘よ」と言った。
「ええっ! ウソなの!?」
「パルモン、声が大きい! みんな起きちゃうじゃない」
「あっ。ごめん、ミミ」
ミミさんに怒られて、パルモンはしゅんとした。ボクとしては、パルモンだけじゃなく、ミミさんの声もそれ以上に大きいのに……と思ったけれど、それは言わないことにした。
「あ、あの。それじゃあ、なにをしにここへ」
ボクがおそるおそるミミさんに聞いてみると、ミミさんは笑顔でこう答えた。
「実はね、あたし……光子郎くんとまた、一緒に星が見たいな〜って思って、起きて来たの!」
その言葉を聞いた瞬間、ボクの胸がなぜか高鳴った。
ミミさんとまた、一緒に星を見られる――
思いがけないことにボクは、上手く言葉が出てこなくて、その場に立ち尽くしていた。
すると、ミミさんは不安げな顔をして、こう聞いてきた。
「もしかして、イヤだった? 迷惑だった?」
「め、迷惑だなんてそんな! め、滅相もありません! むしろ、う、うれしいです……」
ボクが慌てて、しどろもどろになりながら返事をすると、ミミさんは笑顔で「よかった!」と、返してくれた。
「あ、ミミもしかして……光子郎とデートしたかったの?」
「え! そんなんじゃないって!」
(ミミさんと、デート……?)
ミミさんに即座に否定されたものの、デートという言葉の響きに、変に意識して緊張してしまう。兎にも角にも落ち着こうと、ボクは自分に言い聞かせていた。
*
「わあ~~、綺麗ねえ!」
「ホント! すっごーい!」
一緒に星を見始めてから、ミミさんとパルモンは、ふたり揃って感嘆の声を、いろいろと上げ続けている。
「ファイル島より、空が広く見えるから『星の海』って感じでステキね!」
「あら、パルモン。星の海、だなんてロマンチックじゃない!」
ミミさんとパルモンのやりとりを横目で聞いて、ボクと同じように、パルモンが感じていることに対して、親近感を感じた。そして、ミミさんがパルモンの発言に、ロマンチックと言ったこと。間接的に褒められている気がして、勝手に照れくさくなっていた。
そんなとき、ミミさんに、
「ねえ、光子郎くん。また流れ星、見られるかしら」
と聞かれた。
「どうでしょう、天候的には絶好の観測日和……つまり、よく見えそうです、流れさえすれば」
「そっか! それなら、流れ星に、た〜くさん、お願いごとする準備をしなくちゃ♪」
「流れ星にねがいごと……? ミミ、それってなあに?」
ミミさんの言葉に、疑問を持ったパルモンが、そのことをミミさんに質問した。
「流れ星にね、願いごとをすると、その願いごとが叶うのよ」
「ええっ! それ、本当なの?」
「さあ? ホントのところは分からないけど……でも、あたしは叶っている気がするわ」
「ホント!? じゃあ、パルモンもやるやる~♪」
胸を張って答えたミミさんに、パルモンは感化されたようで、ふたりは競うように、破竹の勢いで、願いごとをし続けていた。そんなに願ってしまっては、流れ星が困ってしまわないのかな、と心配になるくらいに。
ふと、願いごとを言い続けていたミミさんの口が止まった。
そして突然、ミミさんにこんなことを聞かれた。
「ねえ、光子郎くん。元の世界に戻れたら、おうちに帰れたら……あたしたち、どうなるのかしら」
「え? どうなるって……。きっと冒険する前の――「元の生活」に戻ると思います」
そう、元の生活。
ボクとミミさんは、同じ小学校で同じクラスだった。だから、冒険する前から顔見知りではあったのだけど……そのときは単なるクラスメイト。日常生活において、ほとんど話したことはなかった。
――そこに戻ってしまうのだろうか。
この日々も、全て何もかも、無かったかのように。
その考えが、再び頭をよぎったとき、ボクは一抹の不安を覚えた。すると、ミミさんがこんな質問をしてきた。
「それって……あたしたちがこの世界にいたこととかが、全部無かったことになるの?」
「それは……戻ってみなければ分かりません。ボクたちがいた元の世界に」
「物知りな光子郎くんにも、分からないことがあるの?」
ミミさんは、意外とでも言いたそうな表情を見せた。
「そりゃあ、ありますよ。ボクに知りたいことが山ほどあるのは、同じ分だけ、知らないことがあるからです。だからボクにも、分からないことはもちろんあります」
「そうなんだ。光子郎くんって、なんでも知っているように見えるけど、本当はそうじゃないのね」
ミミさんにそう言われたとき、ボクは少し心が痛んだ。もしかして、失望されたのだろうか。
「すみません。お役に立てなくて……」
「ううん、いいの。むしろあたしね、なんだか、安心しちゃった!」
「え?」
「前にも話したけど、光子郎くんだって、やっぱり普通の小学4年生なんだもんね! あたしとおんなじ!」
笑顔でそう言うミミさんに、ボクは若干気圧されていた。
「光子郎くんがあたしにとって、遠い存在じゃなかったんだなあって! それが分かって、あたし嬉しいの! だからね、せっかく光子郎くんや、みんなとも仲良くなれたのに――それがなかったことになっちゃったら、とても怖いなって」
ボクは、ミミさんとは不釣り合いだと、ずっとそう思っていた。いや、絶対にそうだ。なのに――これって、こんなふうに、ミミさんに言われるなんて――期待してもいいのだろうか。いや、その思いがなにに対してなのか、ボクには分からないのだけど。
「元の世界に戻る際に発生する、なんらかの作用で、この世界にいた記憶が消えてしまう可能性も……ないとは言えません」
ボクは、ミミさんに対して、いじわるかもしれないと思いつつ、自分の中に湧き上がってきた淡い期待を打ち消すように、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「そんな……あたし、そんなのはイヤよ。怖い思い、つらい思い、たくさんしたけど、みんなと、パルモンと、光子郎くんと過ごしたことが、全部なかったことになるのだけは、絶対にイヤ。ファイル島で、一緒に星を見たことも忘れちゃったら、あたし……」
ミミさんの悲痛な思いを聞いていて、あえていじわるなことを言ったボクも、つらくなったのと同時に、自分の発言を後悔した。
「ミミさん。ボクも本当は、あなたと同じ気持ちです。ですが一応、覚悟はしておいたほうが、いいかもしれません。元の世界に戻ったときに、がっかりしないためにも。といっても、そのことすら、忘れてしまうかもしれませんけど……」
ミミさんは寂しそうな顔をして、黙り込んでしまった。