キミと見たいつかの夜空 - 10/20

ふとボクが思い出したのは、この世界に来る前までのこと。
『泉って、なに考えているか、分かんねーヤツだよな』
あれは、自分で決意したことだった。
他人と関わりを極力、もたないようにすること。それが、壊れそうに弱ったボク自身を自分で守る、唯一の手段だった。
ところが……。
『ねえ、光子郎くんはどう思う?』
『頼む、光子郎。おまえの意見を聞かせてくれ』
『光子郎さん!』
この世界にやってきて、大人数で旅を続けていくうちに、いつの間にか、みんなから頼りにされるのはうれしい、と思うようになってきた。
ボクはここに、みんなの輪の中にいてもいいんだ――
自分自身の存在意義に対して、自信が持てていなかったボクにとって、なにかが変わりそうな予感がしていた――

「『こんなボクでも』って……。太一はんほどやおまへんけど、光子郎はんは、常にみなはんの中心におるやないですの。違いまっか?」
「そうですかね」
「一番、光子郎はんの近くにおる、ワテがそう思っとるんやさかい、自信持ってええと思いまっせ?」
自分への自信は、とうの昔に失くしてしまったけれど、それをテントモンが言葉でフォローしてくれる。
「それに、ワテも一緒に考えるさかい、ひとりで悩まんといてえな。いまここにおるのは、ワテと光子郎はんだけやし、いまチャンスでっせ?」
そう言ってくれたテントモンに、ボクは素直に甘えることにした。
「あ、あの。それじゃあ……質問してもいいですか?」
「ええで。なんのことからいきまっか?」
「デジモンの進化についてです。進化をする当事者である君は、デジモンの進化について、どう考えていますか?」
ボクがそう質問すると、テントモンは頭を掻く仕草をしながら、「んー難しい質問でんな……。デジモンであるワテらでも、よく分かっとらんことばかりやからな……」と答えた。
「君たちが進化するときの感覚って、どんな感じなのでしょう」
「んー、ワテ以外のことは、アグモンら各々に聞いてみいひんと分かりまへんけど……。まあ、少なくともワテの場合は……初めてカブテリモンに進化したとき、えらい力がみなぎって来ましたな。エネルギーはだいぶ、消耗してしまいよりますけど」
人間であるボクが考えるデジモンの進化と、デジモンであるテントモンが自らする進化への考えかた・感じかたは当たり前だけど違う。ボクは、テントモンやアグモンたちが進化するのを間近で見ているだけだけど、当事者のデジモンの話は、聞いてみるといろいろと参考になる。
「カブテリモンからなにに進化するかは、ワテにも分かりまへん。ただ、上の進化をするに当たって、ひとつだけハッキリしとることがありまっしゃろ、光子郎はん」
テントモンはボクに答えを促してきた。
「デジモンだけでは進化出来ない、ってことですよね?」
「そうや、ワテらはひとりでは進化できまへん。ワテが進化できるのは、光子郎はんがいてこそや。これは、他のみなはんも同じことでっしゃろ? やさかい、お互いに気持ちをひとつにして戦うことが、大事なのかもしれまへんな」
テントモンの話にボクは内心唸っていた。
「なるほど。気持ちをひとつに……そのように考えたことはなかったです。やっぱり話をしてみるものですね」
「あとは……進化への気持ちが、どちらかが独りよがりになる、っちゅうのは危険やと思います。この間の太一はんとアグモンのように……」
テントモンの発言で思い出したのは、先日のコロッセオでの惨劇。ボクたちが身をもって体験したこと。
「もちろんあれは、太一はんがよかれと思って、焦ってしまいはったのと、アグモンもワテらの期待に応えようとして、 無理しはったのが、裏目に出てしもうただけやと理解しとります。それに――ワテらに責任はない、とは言い切れんさかい、ふたりだけを責めることは、出来まへんけどな」
テントモンの話にボクは、まったくその通りだと思った。
「ボクも同意見です。それに、太一さんのように焦ってしまうのは、誰にでも起こりうることですからね。もちろんボクにだって……」
ボクがそう言うと、すかさずテントモンは、
「いやあ、光子郎はんはさすがにありえへんやろ。ワテ、そないな光子郎はん、想像もつきまへんわ」と返事をした。
「分かりませんよ? いつ、なにがどうなるかは……」
この世界では、いつ、なにが起こるか分からない。ボクの中で、なにかが変わり始めているように、みんなも何かしら変わりつつあるような気がする。だからきっと。
そんなボクの思いを察したのかどうかは分からないけれど、テントモンはこう言ってくれた。
「まあ、それもそうでんな。でも……。ワテはどんなときでも、光子郎はんのことを信じとりますから」
健気にボクのことを信じてくれる、テントモンに感謝の思いを込めて「ありがとう」と言った。

「ところで、ワテも質問してみたいことがあるんやけど……ええでっか?」
「いいですよ、なんですか?」
「光子郎はんらがいた世界にも、生き物はおるんでっしゃろ? 光子郎はんは、デジモンに興味津々やろうけど……両方を比べて、どっちがオモロイでっか?」
思わぬ質問だけど、ボクは面白いと感じていた。
「難しい質問ですね。ボクたちの世界にいる動物、そのほかの生物も面白いよ。だけど……この世界の生物というのは、非常に興味深くて……例えば、テントモン。ボクたちの世界にはテントウムシという昆虫がいるんです。それは君によく似ています」
「へえ~。どないな昆虫なんですの」
「えーっと、写真……図鑑でもあればいいんだけどなあ」
こんなとき、元の世界にいたのなら――自分の部屋には百科事典もあるし、インターネットで調べることもすぐ出来る。それがいま出来ないのが歯がゆいところだ。そこにテントモンが、「パソコンで、なにか分かりまへんか?」と聞いてきた。
「パソコン……あ! そういえば」
ボクは自分のパソコンに、インターネットを使わなくても見られる図鑑ソフトが入っていたのを思い出して、情報を呼び出してみた。
「あった、これです。『ナナホシテントウ』」
パソコンのソフトから呼び出した画面を、ボクはテントモンに見せてみた。
「へえ。確かに、背中のあたりとか、ワテそっくりですわ」
「そうでしょう? ただし、君みたいに大きくはないんです。そう、このくらいの大きさで」
図鑑ソフトには大きさの比較までは載っていない。だからボクは自分の手で、大きさを指し示した。すると。
「え! そんなに小さいんでっか!」と驚いていた。
「そうなんです。ですから、君が初めていまの姿に進化したとき、内心とても驚きましたよ。テントウムシ型なのに、そんなに大きいなんて、って。だからこそ、デジモンの進化は面白いって思ったんです。君たちが初めて進化したのを目の当たりにしたあのときから、不思議でたまらなかった――」
ボクはファイル島で、クワガーモンに小さな体で立ち向かった、モチモンやコロモンたち、そして、そのあとすぐに進化した瞬間のことを思い出していた。そして、その次の進化のことも。
「君だけじゃなくて、アグモンも、あんなに大きな恐竜型デジモンになりますし、ピヨモンはバードラモンに進化する前から火を使った攻撃をしますが、ピヨモンは火の鳥、という感じではないですよね。ガブモンは、アグモンのような恐竜みたいな姿から、進化すると狼になってしまいますし……ゴマモンは、ツノが生えて毛むくじゃらな生き物になります。パルモンは大きなサボテンに、いまはトコモンですが――パタモンに関しては人型……天使になってしまいます。こんな生物は他にはありません。ボク、こんなに面白いと思えるものに出会ったのは、生まれて初めてなんです」
ボクの興味を惹いて仕方がない、デジモンという生き物と、このデジモンワールドという世界。いまのところ、ボクはこの世界の話をするときが一番楽しい。
「ホンマ光子郎はんは、この世界の話になると、生き生きしとりますなあ」
テントモンは感心したように頷いている。
「あはは……すみません。つい夢中になって話してしまって」
「ええんですわ。ワテ、そないな光子郎はんを見とると、嬉しくなりますさかい」
「そうなの?」
「はいな。やっぱり、パートナーのあんさんが嬉しいと、ワテも嬉しくなるんですわ。なんにせよ、楽しそうにしとるのはええことや。でもワテ、前から気になっとることがあるんやけど――」
テントモンの言う「気になること」にボクは少し身構えた。
「え、なんでしょう」
「光子郎はんは、ほかの皆はんとは違って、あまり帰りたいとか言わへんけど、あんさんは、元の世界に帰りたいとは思わへんのでっか?」
「え、それは――」

『行ってきます』
『行ってらっしゃい、気をつけてね』

キャンプに出かける日の朝。家を出たあのときは、こんなに長い旅になるなんて、思ってもみなかった――

「……、光子郎はん。光子郎はん?」
テントモンに呼ばれて、ボクは我に返った。
「大丈夫でっか?」
「すみません。ぼーっとしてしまって……」
「もしかして、眠いんでっか? まだまだ見張りの交代の時間まで、先は長いでっせ?」
「いえ、眠くはないんです。ただ――」
「ただ?」
「お父さんとお母さんが……いまごろ、どうしているかなって」
そこで、ボクの口は止まってしまった。
ボクだって、家に帰りたくないのかと聞かれたら、
本当は帰りたいんだ――
「お父さん……お母さん……」
「光子郎はん……?」
テントモンに名前を呼ばれて、ボクはハッとした。ひとりでぼーっと考え事をしているとき、無意識のうちに、なにか言葉を発していることがある。それ対して自覚はあるけれど、いまのは――心の内を、そのまま声に出してしまっていた。
いけない。いくら相手がテントモンとはいえ、他人に――いや、デジモンは人じゃないけど――自分自身を、本当の自分を出さないと。あのとき自分で、決めたじゃないか――
ボクは、顔が引きつりそうになるのを必死に抑えながら、テントモンに事実確認をした。
「あ、あのっ。もしかしていまの……聞いていました?」
「ええ、そりゃあもう、ハッキリと」
その返事を聞いて、ボクの頭の中が真っ白になった。
どうしよう。
「い、いまのは、誰にも内緒にしてください……!」
ボクは慌てながら、やっとの思いで、テントモンに言った。
ところが、当のテントモンはなぜか嬉しそうにしている。
「ワテ、光子郎はんの本音、初めて聞いたような気がしますわ。光子郎はんも、ホンマはそないに、お父はんとお母はんのことが大切なんやな!」
そして、テントモンはこう続けた。
「ワテ、いつか光子郎はんの、お父はんとお母はんに、会ってみたいですわ」
テントモンをお父さんとお母さんに会わせる、だなんてこれまで考えもしなかった。でも――
ボクにとって、テントモンはこれまで出会った中で一番、素の自分でいられる相手である気がしていた。もしかすると、これが友達、というものなのだろうか。だとしたら、いつか――テントモンのことを、お父さんとお母さんに紹介してもいいのかもしれない。自分の中に芽生えた想い。それをテントモンに伝えたい。
「そうかい? それじゃあそのためにも……エテモンを倒す方法を、紋章と進化の謎を解明してみせます」
元の世界に戻るための、新たな目的。
それは、お父さんとお母さんにテントモンを紹介すること。
すぐには理解してもらえないかもしれない。だけど、いつかは。新たな決意のようなボクの言葉に、テントモンはこう言ってくれた。
「無責任に物を言うことは出来まへんが……光子郎はんなら、答えを見つけられるって思いまっせ! ワテはそう信じます」
励ましてくれるテントモンの言葉にボクは嬉しくなった。
「うん、ありがとう」
「もちろん、無理は禁物でっせ? 考えるのを休むのも大事やさかい」
「そうだね。今日のところは、このあたりで止めておくよ」
心配してくれるテントモンのためにも、ボクはひとまず、紋章とデジモンの進化の謎について、考えることを止めにした。

0