名もなき少年たちの唄【800字超えSSシリーズ⑧】

 200X年。インターネットの有名動画投稿サイトにて、絶大な人気を誇る人物がいた。
 その名はIzzy(イズィー)。彼はボーカロイド、ソフトのパッケージに描かれたイメージキャラクターに歌わせるーーそんなコンセプトのDTMソフトを使いオリジナル楽曲を制作。そして公開する楽曲が、軒並み100万回再生を突破する、という偉業を次々に成し遂げていて、中高生を中心に、若者から熱い支持を受けている。しかし、若者を熱狂させている理由はそれだけではない。Izzyはなんと、現役高校生だったのだーー

 

 

「名もなき少年たちの唄」

 

 

「『……誘ってくれた気持ちは嬉しいですが、やっぱり目立ちたくありませんので、辞退します。申し訳ありません』……と。これでいいかな。送信」
 断りのメールを送った後、泉光子郎はため息を吐いた。件のメールは光子郎が通う高校にあるパソコン同好会の仲間宛だ。今度行われるプログラミングの大会に出ないかと熱心に誘われていたのだ。
 メールの文面の通り「目立ちたくない」から、どんな依頼が来ようとも光子郎の中で「断る」以外の選択肢は無い。だがーー自分を頼りにしてくれた人々の依頼を断るのは良心が痛む。しかし「表では」決して目立たぬと人知れず決意している以上、やはり断らざるを得ないのだった。
 そんな光子郎には、限られた近しい人以外に、頑なに秘密にしていることがある。
 それは、光子郎が動画投稿サイトで100万回再生を連発する、大人気ボーカロイド・プロデューサー、Izzyだということーー
 時は数年前、中学生時代に遡る。当時、とある中学生バンドへの音響協力のために、パソコン上で音楽制作をするデスク・トップ・ミュージックーー所謂DTMーーに触れたのをきっかけに、光子郎はそのソフトの魅力の虜になった。
 高校生になってからも、細々と音楽制作を続けていたある日。光子郎は声優や歌手の声をサンプリングし、商品パッケージにキャッチーなイメージキャラクターを描いたDTMソフト、ボーカロイドの存在を知った。ボーカロイドは、その手のソフトの中では異例とも言える大ヒットを記録したソフトだ。動画投稿サイトでの反響もあり、シリーズソフトが増える毎に、新たな才能を持つ名プロデューサーが誕生するきっかけにもなったのだ。
 そんなボーカロイド・キャラクターボイスシリーズの第一作目・初音ミクを興味本位で入手して早々、光子郎は捨てずに取っておいた中学の音楽の副読本や、高校の音楽の教科書に載っている曲を歌わせてみたり、流行りの楽曲をソフトに打ち込んで歌わせたりした。そのうちにふと、オリジナル楽曲の構想が思い浮かび、迷った末、思い切って作ってみることにしたのだ。そうして制作を開始して二週間後に、初めてのオリジナル楽曲をIzzy名義で投稿した。すると、思いもよらぬ反響があった。
 公開後二週間で1万回再生を記録し、SNSで話題になったのもあり、更に一週間後には10万回再生を突破したのだった。その後も光子郎はコンスタントに楽曲制作、投稿を繰り返した。そのうちに、公開した楽曲は軒並み100万回再生をあっさり達成してしまい、彗星のように現れた『Izzy』は一躍人気プロデューサーの仲間入りを果たしてしまったのだ。
 それは決して、そう簡単に成し遂げられることでは無いのだがーー光子郎にとっては、あくまで興味の赴くままにDTMを操作して作る「単なる趣味」の範囲のため、何故こんなにも人気が出てしまったのか理解出来ないところもある。勿論、自分の作った楽曲に思い入れはあるため、支持してくれる人々に対しては、純粋に感謝しているのだが。
 そんなボカロP・Izzyこと光子郎には近頃、気になる歌い手がいた。
 Tai(タイ)という動画投稿者で、「歌ってみた」と呼ばれるカテゴリで活動している。彼は動画投稿サイトのNicoTubeに投稿していて、歌い手界隈での流行りの技巧派というわけではなかったのだが、それなりに上手く、歌い手として重要な、一度聴いたら決して忘れぬ、特徴のある声をしている。
 そして何より、光子郎が興味を惹く一番のポイントがあった。それはーー
「この人、ぼくの曲、かなり歌ってくれてる……」
 Taiは光子郎が作った代表曲と言われる曲から、人気はあるが割とマイナーな曲まで、様々な曲を歌っていて、おまけに彼はIzzyのファンだとSNS上で公言していたのだった。
 別名義アカウントでこっそりTaiのアカウントをフォローしていた光子郎は、その投稿を目にした時、思わず自分の目を疑った。
「いや……えっ……本当に……?」
 自分の作った楽曲が人気があることを分かっていても、決して自惚れはしていない。だというのに……。
 Taiの歌ってみたの投稿を聴いているうちに、いつの間にか彼自身に対しても興味を持ち始めていた光子郎にとって、TaiのSNSでの発言は、浮足立たせるには十分過ぎるインパクトだった。
「ぼくのほうが……あなたのファンになったかも……しれない……のに」
 Taiの新規投稿動画を見ながら、悶々としていたある日のこと。光子郎はTaiのある動画に掲載されていた連絡先を見つけ、思い切ってコンタクトを取った。
「初めまして、Izzyです。本人です。と言ったら怪しいかも知れませんが……。いつもあなたの動画を拝見しています。よろしければ直接、話をしてみたいです。返信いただけると嬉しく思います。 Izzy」
 この簡単な文面を考えるだけに一時間以上悩んだ末、やっとの思いで、光子郎はTai宛てへのメールを送信した。

 光子郎がTaiにメールを送ってから30分後。なんとTaiから返信が来た。
「えっ、本当に、本当にIzzyさんなんですか!?」と。
 予想していたとはいえ、大いに驚愕、動揺していた相手の反応に、勢い余って早まってしまったかと光子郎は反省した。だが、数度やり取りをしただけで、Taiは光子郎をIzzy本人と認めてくれたようで、恐縮しながらも終始丁寧に返信をくれた。そしてやり取りの末、一週間後に光子郎のプライベートスタジオがあるマンション近くのファミレスで会うことになった。
 当日。相手に失礼があってはいけないと、光子郎は待ち合わせの30分前に待ち合わせのファミレスへ到着した。入口から少々離れた場所に立ち、Taiが現れるまで、動画制作の依頼メールのチェックや動画についたコメントなどをチェックしていた。
 すると、思いがけない人物が光子郎に声をかけた。
「あれ? 光子郎じゃないか」
 最近何処かで聴いたような声。だけど、決して他の誰かと間違えることのないーーと思いながら、その人物に光子郎は顔を向ける。
「太一さん! ご無沙汰してます」
 そこにいたのは八神太一、光子郎の一歳年上の先輩である。光子郎と太一は、中学までは同じ学校に通っていたのだが、太一が中学を卒業してからというもの、少々疎遠になっていたのだ。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ええ。太一さんも元気そうですね」
 光子郎の返しに、太一は「まあ、ぼちぼちかな」と答えた。
「で、おまえは何しにここへ?」
「ちょっと、待ち合わせをしているんですよ」
「そうだったのか。オレも、ちょうど待ち合わせしてるんだ」
 光子郎と太一はそれぞれ別の方を向き、互いの待ち人を待つ姿勢になった。
 だがしかし。時間を過ぎても、いくら見渡しても、周りに該当するような待ち人は来ないようだ。
 その時、ふたりの携帯電話に通知のバイブ音が交互に鳴る。
 光子郎も太一も内心「まさか……ね」と思っていたが、隣にいる相手に聞き出せずにいた。
 そんな中。
>>なあ、光子郎。おまえ、誰とメールしてるんだ?
 光子郎の携帯電話に太一からメールが入った。
 隣にいるのに何故……と訝しみながらも、光子郎は太一に返信をした。
>>太一さんこそ。誰とメールしているんです?
 そのメールを開いた太一は、光子郎の顔を横目でチラチラと見た。
 すると、次に来たのは、なんとTaiからのメールだった。メールを開封して、本文を見た瞬間。光子郎の思考が止まった。
>>Izzyさん、もしかして……オレの隣にいません?
 光子郎は思わず息を飲む。そして、大きな息を吐くと、メールの返事をした。
>>質問を質問で返して恐縮ですが……Taiさん、ぼくの隣にいるんですか?

 着信を受け取った太一は、携帯電話から顔を上げた。光子郎と太一は同時に顔を見合わせた。
 互いに驚きを多分に含めた苦笑いを浮かべながら……。
「おまえが、Izzyだったのか……」
「Taiさんは、あなただったなんて……」
 少しの間、言葉もなく黙り込み、光子郎は太一の様子を伺っていた。
 そして。
「太一さん、あの」
「いや、オレもな。聞きたいことも言いたいことも、山ほどある、が」
「ひとまず……店に、入りますか……?」
 思いがけない展開に光子郎がようやく言えたのは、その一言だった。

 元々「待ち合わせの相手」とは食事をしながら話をする……という予定だったため、光子郎も太一も、入店早々に料理を注文した。ドリンクバーへ向かい、グラスにジュースを注ぐ。それを持って最初に案内されたテーブルに戻ると、ふたりは向かい合わせに席へ着いた。
 そして席に着いて早々。
「拍子抜けしたぜ……」
 言いながら太一は、テーブルにへにゃへにゃとへばりつくように突っ伏した。
「それはこっちのセリフですよ。有名歌い手が、こんなに身近にいるだなんて」
「っつうか光子郎。おまえ、なんでボカロPやってるんだよ。しかも超有名Pだなんて」
「しーっ」
 光子郎は人差し指を立て、自分の口の前に当てた。そして太一に向かって、
「これでも一応、大っぴらにはしていないんですよ」と、声を潜めながら言った。
「あ、そうだったのか。悪りぃ」
 太一は光子郎に合わせるように声を潜めた。
「それで、あなたの質問の答えですが。単に趣味が高じて、といいますか……」
 趣味が高じたぐらいで100万回再生を連発するPが生まれるわけないだろと、太一は呆れ顔で光子郎を見つめていた。だがしかし。光子郎は元々、多方面に非凡な才能を発揮している。文句を言っても、かえって惨めになりそうだから、太一は言葉を飲み込み、質問を投げかけた。
「いつからなんだ?」
「中学の時に、ヤマトさんのバンドの音源を作ったのが最初ですね。ですが、Izzyとして曲を作り始めたのはーーボカロに手を出したのは本当に最近で、一年くらい前からですよ」
 光子郎は懐かしげに、手探りでDTMを始めた頃のことを思い出していた。
「初めは、パソコンで効果音を作るのが面白いな、と思って。で、ぼくの趣味でヤマトさんの活動の役に立てたらと制作を引き受けたんですけど、そのうち、ぼくはDTM自体の面白さに取り憑かれて……毎日のように短い曲を作っていたんです」
 そんな時だ。光子郎が動画サイトで、初音ミクの楽曲動画を見つけたのは。
「ある日……ボーカロイドを知って、いろんな動画を見ていたんですけど、突然、詩が浮かんで来て、歌が作れるかもしれないと思って、それで始めたんです。ボカロPを」
 訥々と、だけど言葉の端々に熱意を感じさせる光子郎の話。それを聞きながら、太一は惚けていた。身近な存在がとてつも無い才能を持っていたことに。
「そうだ。太一さんは来てみます? ぼくのプライベートスタジオ」
 光子郎の一言に、惚けていた太一は我に返った。
「そんなの持ってるのか?」
「ええ。どのみち、今日『Taiさん』をスタジオに招く予定でしたし。太一さんさえ良ければ、招待しますよ」
 同じ高校生でプライベートスタジオを持つとは……どういう事なんだと太一は混乱しつつも。目の前にいる相手はあの絶大な人気を誇るPであるIzzyだ。光子郎の好意に太一は甘えることにした。

 光子郎が所有しているというスタジオは、先ほどまでいたファミレスからほど近い某所のマンションにあるらしい。案内されるがままに着いていくと、大きなマンションの一室にたどり着いた。
「ようこそ。ここがぼくのプライベートスタジオです」
 足を踏み入れるなり太一は絶句した。
「各動画サイトと運営しているブログの広告収入と、CDや配信の売り上げの印税を注ぎ込みました」
「……おまえ、高校生だよな?」
「ええ、そうですけど」
「だよなあ……」
 見渡す限り、音楽雑誌や番組で見たような、まるでプロのミュージシャンが使いそうな機材の数々。それを目の当たりにして、太一の頭はくらくらした。
「ところで。太一さんは、普段どこで録音されてるんです? あと、どの機材を使っていますか? 動画で聴く限り、そこまで高額な機材は使っていなさそうですが……」
「オレは……バイトしてるカラオケ店で練習してて。録音もそこでしてる。あと機材は……これ。スマホで録ってる」
 太一は自分のスマートフォンを光子郎に向けて見せた。その瞬間、
「えっ」
 光子郎が驚愕の表情のまま固まった。
「……何か、問題あるか?」
 恐る恐る、太一は光子郎に問いかける。すると硬直から光子郎は我に返った。
「えーっと、まってください。確かに年々、スマホのマイクの性能も良くなってきてはいますが……」
 頭を掻きながら、光子郎は困惑を隠しきれていない様子だった。
「いや、高いのは買えないし、何より難しいと扱えないっつーか」
 太一が目を泳がせながら、言い訳をすると、光子郎は間発入れず、
「ぼくの持ってる機材貸しますって!」と太一に向かって叫んだ。
「おまえの持ってるの、高そうだし……壊しちまったら悪いし……いいって」
 苦笑いを浮かべながら、光子郎に断りを入れる。次の瞬間、光子郎は太一の両腕を掴んで迫った。
「いい機材を使ったほうが、あなたの歌ってみたが、もっと良くなります! 太一さんは可能性に満ち溢れています。それを生かさないなんて……勿体無いです」
 太一はたじろいだ。光子郎は昔馴染みの後輩で、友人だ。だけど憧れのボカロPで、その彼が自分のすぐ目の前にいて、何より、太一には才能があると言ってくれていることにーー
 太一は、動揺を隠すのにいっぱいいっぱいだった。
 そんな時、光子郎からこんな言葉が太一に降りかかった。
「手始めに、コラボしませんか」
 太一は目を瞬かせながら光子郎に「……いいのか?」と返事をした。
「オレなんかと組んだら、やっかみとか、そんな変な輩に絡まれたりしないか?」
 ネットの海というものは世知辛いもので、羨望や嫉妬で他人を陥れようと、さまざまな攻撃を仕掛けてくる者たちが少なからずいる。太一も歌い手として活動していて、人気PのIzzyに媚びていると揶揄されたことが何度かあった。だが、太一としては媚びではなく、自分が本当に好きなものを歌っているだけで、そんなふうに言われてしまうことに落ち込んだし、何よりも釈然としなかった。だけどもそんな中、Izzy本人から連絡を貰って、憂鬱な気分が一気に晴れたのだった。
 不安げな様子の太一に、光子郎はハッキリと答えた。
「そんなの気にしません。ぼくは、あなたに惚れ込んでいるんです。だから……」
「えっ……惚れて……って」
 太一が返した言葉に、光子郎は先程の自分の発言を顧みて、一気に真っ赤になった。
「あっ! あなたの、歌に、です!」
「くくくく……」
「もう! 笑わないでください!」
 太一の笑いに釣られて、光子郎も笑い出した。しばらくの間、その場には楽しげな笑い声が響いていた。
 笑いの波が落ち着いた頃、太一は決意を宿した瞳で光子郎に向き合った。
「分かったよ。誰の文句も言えねえくらいの、オレたちの音楽を、世界中に響かせてやろうぜ!」
「……っ、はい!」
 光子郎は勢いよく頷いた。
 こうして、奇跡のコラボレーションの話が纏まった。
 それから一ヶ月後。
 人気ボカロP・Izzyと新進気鋭の歌い手Taiのコラボ動画がNicoTubeに公開された。その動画は、瞬く間に大きな話題を呼んだ。勿論、やっかみのような、とやかく言ってくる輩もいたのだが、これまで肉声を公開してこなかったボカロP・Izzyが歌声を披露したこと、かつIzzyとTaiが小学校からの友人であることを公表し、そんな声も一気に鳴りを潜めた。
 このコラボを機に、光子郎と太一の仲も深まったのだが……またそれは別の話。

おしまい

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