「うわ。いつの間に……」
2006年、夏のある日。ぼくが手伝いをしている、アメリカの友人の会社から送られてくる報酬が入る通帳を記帳してみると、結構な額の貯蓄が出来ていた。
普通に高校に通いながら、個人的なオフィスを構えて活動するぼくの日常は、結構忙しい。だから案外、使うこともなく。
ぼくがお金を使うところと言えば……自分用のパソコン関係の機器を買ったり、読みたい本、勉強に使う参考書を買うぐらい。あとはお父さんとお母さんにプレゼントをしたり……それ以外にはほとんど使っていなかったんだ。
何せ、仕事で使うパソコン一式とサーバは、例の友人持ちだから。しかもオフィスのために借りてるマンションの代金も友人持ち。彼は「君の能力を見込んでだから気にしないで」と言ってくれてるけど、仕事を手伝う上で、ぼくが用意するものはほとんどなかったんだ。敢えて言うなら、ぼくのこの身ひとつ、と言ったところだろうけど。
つまりは、ぼくの通帳にはお金が貯まる一方だということだった。
前述したこと以外にこのお金を使って、ぼくのしたいこと。それは非常に限られてくる。
「今度……太一さんと、どこか行きたいなあ」
ぼくは一年前から、太一さんと恋人付き合いをしている。そんな彼と何かをしたいと思ったんだ。
でも、ぼくも太一さんもまだ高校生だし、そこまでの遠出は出来ない。そもそも、太一さんは今年受験生で、大学受験に向けて猛勉強をしている最中だから、邪魔をしてしまうのは忍びないのだ。
それなら……とぼくは考えを巡らせた。
ぼくと付き合い始めてから、太一さんは勉強をものすごく頑張り始めた。というのも、ぼくが普段、太一さんの家庭教師も請け負っていて、学校が終わってから毎日のように勉強しているんだ。突如やる気を出した太一さんは、ここ一年で偏差値を20上げるまでに頑張っている。だから、ぼくはそんな彼に、何かをしてあげたいな、と思っていた。と、そこへ。
「そうだ! だったら……」
ぼくの中にあることが閃いた。
今度、ご褒美と称してお台場周辺でデートしよう。その時太一さんには、出来る限りお金を出させない。さりげなく代金を先に払って、最後にまとめて精算をするフリをして……奢らせてくださいと太一さんに言おう。うん、これで行こう。
あくる日、ぼくは勉強会をしているときに、奢る云々のことを除いたデート計画を、それとなく太一さんに伝えてみた。
すると、太一さんは「マジで? 行きたい!」と言って、嬉しそうに笑っていた。
頭の中に思い浮かんだ案や、ネットで調べたことを手帳に纏めつつ、ぼくは当日が来るのを楽しみに待った。
太一さんとのデートの日。
「お金は用意してあるし、大体のスポットも調べたし……準備は万端だ」
普通の高校生からしたら多い所持金だろうけど、ぼく個人としては多過ぎず少な過ぎない……5万円を財布に入れてきた。この辺りの一日中遊べるスポットでも、そこまでお金はかからないから、これだけあれば2人分は難なく払えるだろう。
太一さんとは、ゆりかもめのお台場海浜公園駅近くの公園で10時に待ち合わせをしている。
その時間の15分前に到着していたぼくは、仕事関連や知り合いから届いていたメールの返信をしつつ、太一さんが来るのを待った。
10分ほど待って、太一さんはやってきた。
「悪りぃ、待たせて」
「さっき来たばかりです。早く来すぎてしまったので」
手伝っている会社関連の連絡も出来ましたし、問題ないですと、にこやかに笑って付け加えた。
「どこに行く?」
「太一さんは行きたい場所、あります?」
「んー、定番だけどパレットタウンかな。あとはフジテレビのほうとか。海浜公園をのんびり歩くのもいいよな」
腕を組みながら思案する太一さんにぼくは、
「今日は太一さんのリクエストに応えますから、なんでも言ってくださいね」と伝えた。
「おう。ありがとな」
「そういえば、これ。太一さんにあげます」
ぼくは太一さんに、あるカードを差し出した。
「ゆりかもめの一日乗車券? どうしたんだ?」
「仕事関係の知り合いからオレンジカードを貰ったんですけど、あれってJRじゃないと使えないので……。だから換金して、そのお金で買ったんです。太一さんと出かける時に使おうと思って、取っておいたんですよ。実質タダのカードなので、使ってください」
金券類としてはマイナーなオレンジカードも、交通費として使えるから重宝はする。だけどそれもJR路線が使える新橋などに出ないと効果を発揮しないので、持ち腐れていたんだ。近頃は交通系ICカードのSuicaも普及して、ますます存在感が薄くなっているけれど、ギフト券として残っていてほしいなと、ぼくは密かに思っていたりする。
そんなことを考えていたら、太一さんは、
「おまえの友達の会社関係の人はスゲーんだなあ」と、ひとり関心しつつ、「じゃあ、遠慮なく使わせてもらうぜ」と、受け取りながら笑顔で言った。
その一日乗車券を使ってゆりかもめに乗ったぼくたちは、パレットタウンのある青海駅まで行った。
青海駅で下車したぼくたちは、ひとまずパレットタウン内に入って、あちこちの店を回り始めた。
ぼく個人としては、普段そこまで用事のない店ばかりだけど、太一さんと一緒なら途端に楽しくなる。好きな人が傍らにいる、というのは不思議だなとしみじみ思う。
歩き回るうち、太一さんが「腹減ってきたな。今日朝飯早かったんだ」と言った。
「じゃあ、お昼食べますか」
近くに店内マップがあったから、そこで飲食店の一覧を見ることにした。
「どこがいいかなあ」
「太一さんは何が食べたいですか?」
「うーん、どれも美味そうで選べないんだよな……いまなら全部食えそう」
まるでアグモンみたいなことを言うんですねというのは、心の中に留めて置くことにして、
「ひとまず、レストランフロアに行ってみます?」と太一さんに聞いた。
「そうだな。光子郎は食べたいもの、ないのか?」
「今日は太一さんのリクエストデーなので」
にっこり笑うと、太一さんは「分かったよ、ありがとな」と笑い返してくれた。
しかし、夏休みに休日も重なり、どの店にも10人以上の待ち人がいて、すぐに入れそうな店は皆無だったのだ。
「どこもそれなりに待つようですね」
「腹減ったなあ……」
途方に暮れかかった太一さんが突如「あっ、そうだ」と声を上げた。
「大観覧車の前に、店あったよな」
お台場のシンボルのひとつともいえる、大観覧車のすぐ近くに、首都圏を中心にチェーン展開をするファーストフード店がある。そこはハンバーガーに加えて、スパゲッティも提供している店だけど、ファーストフード店特有の回転率のおかげで、入店できるまでの時間がすこぶる早いのだ。
「ぼくはどこでも構わないので……そこにしますか?」
「そうだな。オレもおまえと一緒なら問題ないし」
ぼくもそれなりにお腹が空いてきていたから、その店に行くことで意見が一致した。
行ってみると予想した通り、他の店の半分ほどの待ち時間で入店出来た。
ぼくはミートソース系のパスタのセットを頼み、太一さんはその店イチ押しのハンバーガーセットを頼んだ。途中、太一さんが「美味しそうだな……」と言って見つめてきたから、お互いに食べているものを少しずつ交換して、味見をしたりして美味しく食べた。
食事を終えて退店した後、太一さんに「ゲーセンでも行く?」と言われた。
そう、この店のすぐ近くに遊技複合施設があったんだ。
ぼくは「いいですよ」と答えて、その店へ足を向けた。
入店すると、入り口のすぐ近くにクレーンゲームが立ち並び、まるで雑貨店のショーウィンドウのように見える、クレーンゲームの中にある様々な景品たちが、その存在を主張し合っていた。
「いろいろあるなあ」
「そうですね」
歩いて回っているうちに太一さんは、あるクレーンゲームの前で立ち止った。
「これでもやってみようぜ。普段使えそうなもんが景品なんだな」
太一さんに言われてウインドウの中を覗いてみると、そこにあったのは、某飲料メーカーのスポーツドリンクのパッケージを模した、スピーカーだった。
技術の進歩はこんなところにも影響を及ぼしているらしい。最近は昔以上に実用性にあふれた景品が置かれるようになったんだなと、ぼくは関心していた。
と、そこへ。
「光子郎はさ、どのくらいやってるんだ?」
「なにをです?」
「クレーンゲーム」
「いや、しばらくやってないですよ」
最後にやったのは、2年くらい前……選ばれし子どもの仲間内で春休みに遊んだ時。家から行こうと思えば歩きでも行ける範囲のパレットタウンのゲームセンターでも、普段、そこに行く習慣がないぼくには、クレーンゲームで遊ぶことなど、ほとんどなかったんだ。
「オレはヒカリの買い物に付き合った時なんかに、そこそこやってるぜ?」
いいお兄さんだなあ、と、ひとりっ子のぼくは関心していると。
「昔、ヒカリにせがまれてさ、このぐらいのでっかいぬいぐるみ、取ったことがあってさあ」
そうなんですねと相槌を打ちながら、ぼくは目の前の機体に目を向けた。
「なあ光子郎、聞いてるか?」
「聞いていますよ」
「もしかして、焼きもちか?」
「妹であるヒカリさんに嫉妬してどうするんです」
ぼくは苦笑いを浮かべながら否定をした。
「それはそうと。やるんでしょう、クレーンゲーム」
「そうだな」
ぼくたちはそれぞれ、一台ずつ機体の目の前に立った。
偶然にも左右とも同じラインナップが揃っていた台でクレーンを操作する。
すると、ぼくは2プレイ目で景品を落とすことが出来た。
「あの動画と攻略サイトの情報は本当だったんだ」
普段、ネットサーフィンで様々な情報に触れているぼくは、この前偶然、クレーンゲームの攻略法を見ていたんだ。その通りにやって必ず景品が取れるとは限らないのだけど、今回は上手くいったらしい。
排出口から景品を取り出しつつ横目で太一さんの様子を見ると、
「あれっ、おかしいなあ」
太一さんは首を捻りながら、何度かリトライしていた。
「大丈夫ですか」
「うーん……この辺でやめておこうかな……」
諦めたくないような表情を浮かべつつも、太一さんはクレーンゲームからそっと離れた。
「よく取れたよな。オレ、今日はダメだったよ」
「いえ、たまたまですよ」
この状況で攻略法を知ってます、とは言い出しにくいから、苦笑いを浮かべて誤魔化した。
「なんなら、あれやってみます?」
ぼくが指差したのは、スイートランドと呼ばれる、小さな子供がやるような、お菓子やキーホルダー類の雑貨を掬い上げて、二段の動く棚の上に乗せて景品を落としていくという単純な仕組みの機体だった。最近は重りを落とすことにより、ちょっと豪華な景品を獲得することも出来るようになっていて、遊び方にも創意工夫が必要になっている。そんな機体を遊ぶことにした。
「重りを……あの角度で下の流れているお菓子を乗せれば、落ちてくれそうだな」
ぼくはタイミングを見計らって、機体の中にあるアームを動かすと、下で円型に流れていく景品を掬い上げて、二段の動く棚の上に乗せた。それを数回繰り返すと、上手い具合に重りが動いてくれて、景品と共に重りがガゴンと落ちてくれた。
ぼくが遊んでいた機体の場所は、自然には排出されない仕組みになっていたから、店員さんを呼んで扉を開けてもらい、景品を受け取った。
お礼を言った後、ぼくは別の同機種で遊んでいた太一さんの様子を伺った。
「太一さん、それじゃ落ちないと思いますよ? もっと別な場所に落とさないと」
「いや、今度こそ落ちるって!」
太一さんはぼくのアドバイスを無視して、掬い上げた景品を落とした。
すると……。小さな景品は落ちても、目玉景品の重りはビクともしなかった。
「はあ〜、また空振りか……」
そう言って、太一さんはぼくの持っている袋を凝視した。
「はは、また、取っちゃいました」
「ぐぬぬ……」
ぼくの報告と同時に、表情を歪ませた太一さんは、何故か物凄く悔しがっている。
そしてその場で何かを思案した後、突然「そうだ!」と声を上げた。
「光子郎、ボウリングやらない?」
太一さんの言葉でぼくは「ああ」と思い出した。
「そういえば、ありましたね、ボウリング場」
ぼくたちのいるこのゲームセンターの上の階は、ボウリング場になっていたのだ。
前にやったのは2年くらい前の春休み。中学を卒業してすぐぐらいに、仲間内でやりに行ったんだ。だけどそれ以来、特に誘いもなかったから行くこともなかったんだ。
「久しくやってないですけど、負けたくはありませんね」
「じゃあ、やりに行こうぜ」
太一さんの一言によって、突如ぼくたちはボウリングをやることになった。